第21話

 野営地帯に肉の焼ける香ばしい匂いが広がっている。

 装備品のディスクを具現化出来る時点で察せても良かった。

 ウサギモンスター素材の具現化だ。


「まっず。匂い詐欺だ」

 ハッシュポテトのようだ!

 めっちゃいい匂いさせてるくせに食べるとあれ~? ってなるアレ。

 いや、ハッシュポテトは不味くはないんだけどさ。


「マスターの調理スキルは低いですからね~」

「それ高くなると美味くなる?」

「ええ。まあマスター覚えられませんけどね」

 H因子って何だよマジで。

 G因子有能。マジ選ぶべきだったんじゃね?


「はぁ……覚醒させる因子ミスったかなあ」

「今のところH因子の恩恵は受けてないですからね~」

 そうなんだよなあ、今のところ

 アレはダメ、コレもダメばっかりだ。


「どんないいことあるの?」

 ものすごく、ものすごく今更だ。

 でもそう言えば聞いたこともなかった。


「専用コードに、ボーナス獲得方法が善行。

 だいたいその辺りがH因子の特徴ですかね」

 うん、全然わからん。

 まあ、昨日の話し合いでもう頭のキャパ使っちゃってるのでまた今度。


「そろそろ行きますか? 次の野営地帯に着くのが遅くなりますし」

「そうだね」

 俺は立ち上がり、尻に付いた埃を払う。


 可能な限り、神衣憑依は使いたくなかった。

 使えばだいぶ行程の短縮にはなるけど、

 苦しむサラを見たくない。

 陸で溺れるという表現があるけど、神衣憑依を使った後のサラにとても相応しい表現だ。


「防具の耐久値はどう?」

 俺の質問に、サラの瞳が緑色に変わる。

「余裕ですよ~。間違いなく村まで保ちます」


 村まであと2日の予定だ。

 その村にはどうやら他のゲームでいう採取クエストをこなすことで、

 三食昼寝付きでお世話になれるお宅があるらしい。

 何て素敵な村だ!

 もっと早く教えろ。


 俺はウサギ、蛾、スライム、キノコのモンスターを

 ショートソード一つで薙ぎ払っていく。

 いつの間にか防具に被弾することすらなく倒せるようになっていた。

 少しだけ、強くなった気がする。


 そして2日後、俺はボロボロの村を視界に収めた。


「何か、様子がおかしくない?」

「マスター、迂回して他の街、いえ、始まりの街に戻りましょう」


 せっかく来たのに?

 そうサラを見ると、不快そうに顔を歪めた彼女が居た。


「どうしたの?」

「制圧されてます」

「制圧?」

「V因子持ちがNPCの居住エリアを乗っ取ることです。山賊やら悪代官ポジです」

「子供向け? 大人向け?」

「ばりばり大人向けです」

 そいつはけしからんな。

 少しだけえっちな気分になって自分の目に緑色の光を浮かばせる。

 探査系スキルの恩恵で上昇した視力が、最寄りの家の窓から中の光景を見せた。


「サラ」

「駄目です。2秒じゃ殺しきれません」

 神衣憑依の制限時間だ。

 それ以上になると、サラが呼吸困難になる。

 さらに増えると大狩猟祭の時の二の舞だ。


「あれは何?」

「異界人です」

 信じたくなかった。

 あんなのが自分と同じ世界の住人だとは。


 中には、鎖で繋がれた骨と皮だけになった一家がいた。

 その一家の前で、大笑いしながら飲み食いしている男たちは、

 警棒のような物を持ち、それは血に塗れている。

 俺の見ている前でも一度殴打して見せた。

 それで想像が現実のものと違わないことがわかった。


「マスターが最初に想像したようなことはよほど高レベルのV因子持ちしか出来ません。

 現状私の知る限りそれが可能な異界人は存在しません」

 別に俺は聖人君子じゃない。

 リアルにいた頃はそういう本も読んだことあるし

 今まさに出歯亀した俺も俺だ。

 想像力がなさ過ぎた。

 現実に慰み者になっている子がいたら俺はどうしただろう。


「マスター、あえて表現するなら左からLv.22、19、20、13、15です。

 対してマスターは装備込みで10です」

「神衣憑依ありだと?」

 デメリットを負うのはサラのみだ。

 だから俺は自分からは神衣憑依を使いたいと言わないようにしよう。

 そう思っていた。だけど、今回は無理だ。


「65ですかね」

 自分の中のゲーム知識だと十分やれる。と言える。

「お願い、サラ」

「まだ村の中に7人はいます」

 神衣憑依の後にはサラの呼吸が整うまでのインターバルが必要だ。

 整い切る前に再憑依してしまえばやっぱりサラは苦しい思いをするだろう。


「何も疲れるから嫌だと言っているんじゃありません」

 わかってる。真面目な時のサラはそういう悪ふざけはしない。

 俺の身を案じているんだ。

 サラが再憑依を出来ないほど疲弊してしまえば、俺は単独でことを済ませなければいけない。

 そして、俺自身にはそう出来るだけの力がない。


 ああ、まただ。


 村でお世話になりながら俺は戦えるようになるつもりだった。

 稼ぎがーだのと気にしなければ1日使える。

 採取クエストは勝手がわかれば後はあってないようなものだからだ。


 戦えるけど戦わないのと、戦えないから戦わないのは違う。

 そう思えるようになったのに。


「俺さ、サラに出会う前に2回死にかけてる」

「知識としては知っています。3回目にその方が助けに来て下さるとは限りません」


「ごめん」

 忠臣を持った愚王だ、俺は。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 恐怖を振り払う雄叫びと共に、民家の窓ガラス目掛けて飛び込んだ。


 防具のおかげか、身体には傷一つ負わなかった。

 突然の俺の乱入に、男共はあっけに取られたように動かない。

 とっさの動きがないということは、相手は弱いはずだ。


「制圧を解け。俺のレベルは65ある」

 ばっちりだ。

 センセーショナルな登場シーンにハッタリ。

 これで俺の優位性は確保されただろう。


「は、はっはっはおいどうする?」

「やべえ、やべえぞレベル65様だ」

 部屋にけたたましい笑い声が起こり、

 痩せ細った一家が身を跳ねさせた。


「……何がおかしい? 聞こえなかったのか?」

 妙だ。サラの見立てが甘かったのか?

 こいつらは、本当は強いのか?


「はー、久しぶりにここまでのバカを見たぜ」

「兄ちゃん、ぷぷ。いいこと教えてやるよ」

 リアルで慣れ親しんだ笑いだ。

 人はこれを嘲笑と呼ぶ。


「近寄るな」

 立ってこちらにやって来る男に告げる。

 ショートソードを構え、切っ先を相手に向ける。


 大丈夫だ。

 鍛冶屋の存在を知っていれば見た目で性能は判断しないはずだ。


「おっけおっけ。んでだな、いいことなんだけどな」

 腹を抱える仕草を一瞬した男が、自分の得物を具現化させた。

 黒いナイフだ。初めて見る。


「この世界にレベルねえから!」

「なっ」

 そんなバカな。

 思った瞬間。男が一挙動で眼前に迫る。

 Lv.15相当、そう、あくまで相当だ。

 その男の手にした黒いナイフが俺の腕に迫り、

 俺の腕にノイズが走った。


 斬れてない。

 だけどかつて数回だけ耳にした音が届く。

 ガラスが割れるようなパリンっという音。

 防具の耐久力を超えた音だ。


「はー、案外いい防具じゃん」

「さすが65様」

「ぷう、笑わせんなって」

 対モンスターと対人とではここまで違うのか。

 そりゃそうか、

 こいつらはモンスターのようにレベルとあったエリアにいるんじゃないからな。


 始まりの街最強の防具は、一撃で破壊された。

 まさか一撃だとは思わなかった。

 でも、一撃は保ってくれる。

 見た目からはわからないだろうが、

 まだ右手も、胴も防具がある。

 まだ、被弾できる。


 そして、始まりの街で使った神衣憑依中のあの技がある。

 攻撃は、出来る。


「マスター、後でお説教です」

 サラが胸に吸い込まれた。

 まだ神衣憑依をするかどうかも決めていないけど、

 サラは俺の胸に姿を重ねた。

 超感覚でサラの全体像が浮かぶ。


「今何か言ったか?」

 男たちには気づかれなかったようだ。


「マスター、精霊憑依中です。まず慧眼のスキルを発動させます。

 戦闘系の必須スキルの一つで様々な情報を目に出来ます。

 ただ不慣れなマスターには戦闘系スキル光である赤い光のみ見られるようにしておきます」

 サラのこの声は俺以外には聞こえない。

「次に神衣憑依で全員ぶっ飛ばして下さい」

 たぶん、全員はぶっ倒せない。

 サラの声調からそれは察することが出来る。

 待って、まだ大丈夫。

 俺はそう念じた。


 まだ慌てるような状況じゃない。

 神衣憑依はサラへの負担が大きすぎる。


「さあ、それじゃそろそろご退場願いましょうかねえ65様」

 ぷぷ。再度男たちが失笑する。


 視界がやたらとクリアになった。

 これが慧眼のスキルだろう。


 男の黒ナイフに赤い光が集まり出す。

 何らかのスキルを使うつもりだ。


「まっすぐ突進してくるだけのスキルです、真横に避ければそれで済みます」

 俺はサラの言葉に素直に従う。

 男が足を踏み出した瞬間にサイドステップ。

 俺の真横を男がただ通り過ぎた。

 動きは中々に早いが見えないほどじゃない。

 これも慧眼の効果だろうか。


「お、やるじゃん」

 Lv.22相当の別の男が椅子から腰を上げた。

「いやいやいや、待って待って。俺一人で充分だからさ」

 15相当がそれを押し止める。

 俺としては助かる。


 だけど、相変わらず戦意を失っている訳ではないようだ。

 殺す気は、なかった。

 ただ一家を、村を解放してくれればそれでいい。

 だけどその方法は?


「マスター、考えても無駄です。神衣憑依以外に手はありません」

 まだだ、まだ俺のターンが来ていない。


 俺は、15にショートソードを振るう。

 15は慌てる様子もなく、それをノーガードで受け、

 そして、俺の剣は15の身体から弾かれた。


「レッスン2―。鍛冶屋で見た目が変わっても何となくわかっちゃうんだよねー

 やばい武器かどうか。っていうか、プレイヤーの立ち姿で?

 お前、くそ弱いだろ」

 真実を口にし、15が再び俺に迫る。

 今度はスキル光もなしに攻めてくる。

 そのナイフは、動きは、早く次第に追い詰められていく。

 ナイフをショートソードで受け、直撃しない角度で防具に滑らせる。


 右手の防具が壊れた。

 腕を守るためにあえて万歳をし、鎧で受ける場面も出てくる。

 相手の黒ナイフの耐久値は後どれくらいだと考えた所で思い出す。

 敵は、後少なくとも4人いる。


「もう、十分ですマスター。これ以上はどうしようもなくなります」

 俺が、バカだった。


「は?」

 マヌケな男の声は、強烈な破壊音に遅れた。

 Lv.15相当くんの頭が壁を突き破り、刺さった。

 19の頭に思いっきりショートソードの柄を叩きつけ、

 20には体当たりして壁までぶっ飛ばす。

 13、22が残って1秒が過ぎた。


 サラの息が上がっている。

 ごめん。ダメなマスターで、ごめん。


「シン、お前はfoxに伝えに行け」

 22が13に指示する。

 増援はマズイ。


「後1秒行きます。行けます」

 その言葉を信じた。


 サラの幻と再同調する。

 サラが足を送ればそれに追随する気持ちで足を送る。

 遅れているはずの動作だが、不思議と身体はサラと全く同タイミングだ。


 22が構えた銀色の剣の刃を避ける。

 俺の動きに22が対応出来ている様子はない。

 背後に回って後頭部にショートソードを打ちつけた。

 残る13も、同様にして済ませる。


「はぁ~っ、はぁ~、は」

 サラが苦しそうに息を吐いている。

 だけど、始まりの街の時のように危うい雰囲気はない。


「つ、疲れました。とりあえず逃げましょう」

 サラは正しい。

 村は救えない。


 一家の拘束を解くと、酷く聞き取り辛い掠れた声で言われる。

「あなたみたいな異界人ばかりだったらよかったのに」

 それが彼の最後の言葉だった。

 彼は光の粒になり、後には無言の空間が残った。

 誰一人、涙を流す者はいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る