第19話

「いらっしゃいませ、今日はどうされましたか?」

 オアシスさんは今日もにぱっと元気に、大きな帽子を揺らしながら仕事をしている。


「もしよかったら今日は少し出掛けませんか?」

 オアシスさんが目元を隠す。こうなってしまうと表情がわからない。

 しかし袖口から覗く白い肌に、少し朱が混じっているような気がする。


 成功か?

 成功して貰わなければ困る。

 このままじゃ、俺のせいでオアシスさんが死ぬ。



「どういう、こと?」


「そのままの意味ですよ。大狩猟祭が開催されると始まりの街が襲われますから」


「大狩猟祭ってNPCも死ぬの!?」

 そんなゲーム聞いたことがない。

 だいたい素材屋が死んだらどう生計を立てていけって言うんだよ。

 ありえないだろ。


「大狩猟祭に限らずNPCは死にますよ。それは別の話なのでとりあえず置いておきますね。店の中は一種の別次元になっているので大狩猟祭中と言えども魔物は入りません。ですから本来は安全です。でも、あの子は位階が上がったことでコードに抵触してます」

 他のゲームでいうクエスト条件が、解放されたってことだ。


「彼女は結構な自由を手にしています。ひょっとしたらマスターと恋仲になることも出来るかと」

 普通ならそれは嬉しい内容だ。

 だけど、サラの真面目な顔が俺に語っている。

 それは今の俺に取っては全然喜べない状況だと。


「マスター、異世界恋愛物のテンプレです」

 ああ、そういうことか。

 くそ、さすが元俺のデータ。

 完璧すぎるほどわかりやすい。



「お誘いありがとうございます、でもお店があるので」

 彼女は少し困ったような顔を覗かせ、そう言った。


 好感度が、足りなかった。

 もう、どうしようもない。


「マスター、行きましょう」

「うん」

 別に命を賭けるような間柄じゃない。

 ただ好みの顔で、少し会話しただけだ。

 だから、大丈夫。

 同じ顔で初めましてされても大丈夫。

 元々実入りの悪いこの街では、この子が色を付けてくれただけでは間に合わなかった。

 だから、大丈夫。俺に、デメリットはない。


「あの、また来てくださいね」

 誘いを断った相手に対する気遣いだろう。

 彼女は、サイズの合っていない帽子で表情を隠していた。



 始まりの街から黒煙が上がり始めた。

 あれから安全圏だとサラが判断した丘まで大急ぎで向かい、今に至る。


「ぎりぎりセーフ?」

「そうですね、結構ヤバかったですよ。もう少し近いと多分魔物とご対面でした、あいつら範囲内にいる9割の異界人の前に初期出現しますから」


 サラがいてくれてよかった。


「あーあ、もったいないなあ。せっかくOYSの恩恵受けれると思ったのになあ」

 もちろん軽口だ。

 好感度が足りていなかったのだから、現状仕方なかったし。


「惜しかったですね~、前日までにもう後一押し何か素材売っていれば足りそうな雰囲気でしたからね~」

 サラの、何気ない一言に、俺は背筋に冷たい物を感じた。


「そんな、雰囲気だった?」

 バカ言うな。迷惑そうな顔してたじゃないか。

 店があるって断られたじゃないか。


「ええ、というか冷静に思い出して下さいよ、いつもマスター好みの照れ隠ししてたじゃないですか。私も不本意ながら少し可愛いと思ってましたし」

「何でそれを早く言わなかった!」

 サラが目を丸くしている。


 知っている。俺は知っているはずだ。

 あの子お前のこと好きだぜ~うひひ。などというネタは、俺は嫌いだ。

 だから、サラだって同じ、少なくとも似た傾向はあるはずなんだ。

 だいたい、見抜けなかった俺が悪い。


「ごめん、サラは何も悪くない」

 いつだって悪いのは俺だ。

 本当に嫌になる。


「サラ、リザードマンの強さってどのくらい?」

「……マスターの装備では、大丈夫じゃないです」

 そんな装備でってやつか。レトロゲームのネタだ。


「街に高レベルプレイヤーは何人いる?」

「結構いますよ、腕があれば稼げますし」

 いざとなればそいつらになすりつければいい。

 MPKか、最低だな。


「マスター、何でそんな無茶しようとするんですか?」

 それがわかれば俺だって苦労はしない。


「間に合うかな?」

「わかりませんよ」

 少し息を吸って溜める。

「行こう」



 何かが焼け焦げる匂いに混じって、埃が舞っている。

 前回は街外れに居たから知らなかったが、かなりの被害が出ている。

 無事な露店が一つもない。

 ちらほらとNPCが倒れているが、声を掛けても返事はなかった。


「皆、死んでる」

「いえ、まだ生きてはいますよ。だいたい死んだら光の粒になって消滅するじゃないですか」

 それはそうだが、とても生きているようには見えない。

 大怪我をしているのにうめき声一つ上げずに寝ている何てことがありえるのか。


「デッドエンドコードです。この人たちは、コードブレイカ―――まあつまりはクエストの条件を満たした人たちを待っているんです。遺言残したり、遺産を残したりしてくれるかもしれませんね」

「この人たちは死ぬことが決まっていたっていうのか」

「いいえ、コードブレイカ―次第では生きていられましたよ。コードブレイカ―が途中でコードを満たせなかったのか、はたまた遺産目当てで見殺しにしたんですよ」

 まるで自分が後者のように感じる。


「行きましょう、マスター」

 サラが、サラで本当に良かった。

 一人なら、自己嫌悪に陥り足を止めていたかもしれない。


「「た、助けてくれぇぇ!」」


 どこかで、誰かの声がする。

「マスター、素材屋とは反対方向です」

 サラの顔には、どうしますかと書いてある。

 いや、だから諦めましょうとも読める。


「ちなみにこの街にいる異界人の中でマスターが最弱です」

 くそ、情けないな。

「素材屋に急ごう」

 どうやら、だから諦めましょうの顔だったらしい。


 間もなくあの子の店だった。


 頼む、間に合ってくれ。

 そうじゃないとサラをここまで付き合わせた意味がない。

 逃げるだけなら出来る。サラの精霊憑依で何とか。


 頭の端では露店通りで眠るNPCがよぎる。


 視界に、あの子の店が入った。

 半壊し、瓦礫の山となった店のすぐそばに、素材屋の店主がいた。


 リザードマンに馬乗りになられ、剣が振り下ろされようとしている。

 間に合わない。

 距離は数十メートル。

 走ろうが跳ねようが間に合わない。

 投擲武器はない。


 だけど諦めるにはまだ早い。

 俺は、俺達は――


「サラぁぁ!」

 サラが胸に吸い込まれる。

 超感覚でサラの全身の姿が浮かぶ。


 ――この世界で最速だ。


 すべての光景は速度を維持している。

 とてつもなくゆっくり動くようだ何て表現は出来ない。

 だけど、俺達は速かった。


 リザードマンが剣を振り下ろす前に、

 ショートソードが刺さる。

 リザードマンが馬乗りの体勢のまま転がっていくのがシュールだ。


「マスター、リザードマンの前まで、行ったら、私の動きを!」

 呼吸を乱しながら言ったサラの声が頭に響く。

 超加速状態のままリザードマンに接近したところで、サラの動きを感じた。


 ショートソードを大きく振りかぶる。

 透明の光の粒が、ショートソードに集う。

 サラがその剣を振り下ろす動作と同調し、そして信じられない手応えを感じた。

 リザードマンの鎧が砕け、さらにその下のぬめり気のある肌が一気に切り裂かれる。


 リザードマンは甲高い悲鳴と共に、光の粒となった。


「大丈夫だ――」

 素材屋のあの子に声を掛けようとした瞬間、世界の動きが変わった。

 否、自分の動きだ。

 明らかに超加速が終わっていた。


「サラ?」

 服の中に、異物感があった。


 取り出して見ると、サラの姿があった。

 酸素を求めるように開いた大口の端からは涎が垂れ、

 目は虚ろで、全身は痙攣するようにして呼吸をしている。


「サラ!?」

 ぼやけた瞳をこちらに向け、口の動きだけで伝えた言葉は、

 疲れただけです、だ。


 正直信じられない。


 巾着袋に手を突っ込んで、触れた物は何もなかった。

 防具の性能に頼り、弱い魔物しか相手にしてこなかった俺の荷物には、

 傷薬一つ入っていない。


「ほん、つか、だ、すからそれよりあの、子」

 このまま押し問答していてもサラを余計に疲れさせるだけだった。

 頷くと、サラは無理やり引きつった笑顔を見せるとまた全身を震わせる。


「だいじょ――」

 素材屋のあの子に、近づき、そして足を止めた。

 食い裂かれたような腹からは、血がとめどなく溢れている。


「せつ、なさん……」

 顔面は蒼白、いつもの帽子ももうあれでは顔を隠せまい。


「せつな、さん……」


「ああ、ごめん。いるよ」

 取った彼女の手は血まみれだった。


「位階が上がってから、毎日が楽しかったです。ありがとう、ございました」

 何がどう楽しかったのかは、語らなかった。

 彼女が一番言いたかったのは、最後の言葉だったんだろう。


「俺も可愛い子としゃべる機会何て今までなかったから楽しかったよ」

「あはは、お世辞、ばっか。せつなさん、強いん、ですね。いつもスライムの欠片しか持ってきて、下さらなかったから、失礼ですけど」

 ごぼっと、彼女は血を吐いた。

 頬に少しだけ飛んだが、拭うことはしない。


「ごめんなさ、あの、これを」

 彼女が差し出したのは、銀貨3枚だった。


「あの時は、位階、足りませんでしたから」

 銀貨10枚。彼女が扱える金額は当時それが限度だった。


「ご迷惑、おかけしました」


 彼女の手の重みが、増え。彼女は光の粒となった。


――――――


「いらっしゃいませ」

 自分の頭よりも大きな青い帽子を被った少女が、にこやかに言う。

 ドストライクな容姿なのに、テンションが上がらない。


「この花、ここで世話して貰ってもいいですか?」

「はい……構いませんが」

「ありがとう。手間賃ってことでこれ取っといて下さい」

 リザードマンのディスクを差出し、彼女が目を緑色にする前に店を出た。


「マスター、また貧乏になっちゃったじゃないですか、いい顔し過ぎじゃないですか? なけなしのリザードマンの欠片ですよリザードマン。結局一匹しか倒せてないですし」

 サラは別に本気で責めている訳ではない。

 本当に、最高の相棒だ。

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