第12話

「うげぇごほっ!」

 訳がわからなかった。

 水が鼻から口から逆流する感覚で俺は目覚めた。


「目、覚めたっスか?」


 状況がわからない。

 何度も咳き込んでいるがまだ水が出続けた。


「気を失うと装備品が全てディスク化されるっス。死にたくなければ今後気だけは失わない方がいいっスよ」


 何だっけ、気を失う?

 ああ、そうか。溺れたんだった。


 ようやく水を吐ききったのか、少しだけ思考が戻る。

 周囲にはディスクが散乱していた。

 そして見るに俺はインナー姿。

 これはお見苦しい物を。


「助けてくれて、ありがとうございました」

 状況から考えて溺れた俺を助けてくれたのだろう。

 しかもディスクまで全部拾ってくれたらしい。

 さらにあれか、人工呼吸とか……

 横目で見た彼女の口はふっくらとしていて、あれが自分の口に触れた感触を覚えていないのが残念というべきか、申し訳ないと言うか。


「申し訳ないっスけど想像しているようなことはなかったスよ。水はこうして吐かせたっス」

 言って彼女はストンピングの動作を取った。

 死んだらどうするつもりだ。


「あ、いえ、でもありがとうございました」

「どういたしましてっス」


 さて、どうしたものか。

 うまい具合に言葉が出てこないので何となく少女を見てしまう。

 というか今気づいた。


「始まりの街でも助けて貰ってありがとうございました。あと、アドバイスも助かりました。おかげさまで因子覚醒も済ませられました」

「い~え~」

 あ、これは憶えてない。

 絶対に覚えていない。

 そんな顔をしている。まあ、いいか。


「あの、こんな初心者エリアでなにしてたんですか?」

 サンダがどの程度の強さか知らないが、鬼強いとまで評していた彼女だ。

 初心者という訳ではあるまい。


「この湖の底、隠しダンジョンがあるんっスよ。水浴びも兼ねてちょっとそこまで」

 隠しダンジョン。レアな武具でもあるかもしれない。

「止めといた方がいいっスよ。辿り着く前に窒息死するっス」

 読まれた事に少なからず驚いた、顔に出ていたようだ。

 それはともかく、よくある初心者エリアにある上級者ゾーンというやつらしい。

 まあ、溺れたし恐らく何らかのスキルが必要なのだろう。


「それじゃあわっしはそろそろ行くっス」

 引き留めるのも妙な話だ。だけど一時の恥ってやつで。

「すみません! 不躾なお願いですけど二、三日でいいのでこの世界のこと教えて下さい」

 土下座。自発的な土下座だ。

 彼女の方から困ったという空気が漂ってきている気がした。


「わっしはこの世界のことについてあまりよく知らないっス。来てまだ五日ほどしか経ってないっスしね」

「は? 五日?」

 かなり妙な話だった。

 どれだけ早解きすれば鬼強いとまで称される強さになれるというのだろう。

 装備が優秀なのか。

「す、素敵なナイフをお持ちですね」

 見た目は俺が持っていたナイフと全く同じにしか見えなかった。

「銅貨10枚位で売ってるっスよ?」

 というか全く同じだった。


 落ち着こう、ディスク1個で銀貨13枚のリザードマンを一撃で倒した子だ。

 ナイフで? 無理じゃね?

 鍛冶屋でカスタマイズした……いや銅貨10枚と言っている。


「そんなに考えなくて良いっスよ。単純っス。わっしは、いわゆるチーターっスよ。別に好き好んでチートしている訳じゃないっスけどね。だから、一緒にはいられないっス」

 少しだけ彼女は表情を曇らせ、そう言った。

 去っていく彼女の背中に掛ける言葉は見つからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る