第4話

 刺すような痛み、鈍い痛み、どっちもある。

 あまりにも痛いんで吐き気まで出てきた。

 始まりの街のはずなのに、見知らぬ街にいるような感覚まである。


「お前、プレイヤーだな」


「は?」

 気づいたら、石畳に頬を押し付けられていた。


「ぎゃぁぁぁぁ!」

 折れた左腕が、死ぬほど痛い。

 必死に眼球を動かしても見えない。

 もう、訳がわからない。俺がいったい何をした?


「黙れ」

 何度も頭を殴られる。

 死ぬ寸前というのは酷く頭がすっきりするらしい。

 街中でも痛みを受ける事を知った。

 巾着袋を丸ごと盗める事も知った。


「待って、せめて素材、初めて、取ったんだ」

 きっと相手は俺がどれだけ強いモンスターの素材を手に入れたのか知らない。

 きっと支度金くらいのお金と交換出来る。


 相手が巾着を漁りながら緑色の目で中身を見た。

「…………」

 ディスクが投げ出された。


「あり、ありがとう」

 意識を失う直前、相手の姿が初めてはっきり見えた。

 ボロボロの布の服。

 腐った魚のような目。

 そして、引きずる足。

 腕が痛い。

 夢の中でそう感じた瞬間に目が覚めた。


 太陽が記憶にある位置よりも東にある。

 一日、寝てたのか。

 夢であって欲しい、そう思って腰に触れるが、そこにあるべき物がない。

 身体を起こすと、チャリンとディスクが音を立てた。


 どうしてこうなった。

 左腕は今もみょうちきりんに曲がっているし、痛い。

 頭は何でだか痛くない。

 あれほど殴られたというのに。


「素材屋、行かないと」

 今は、無一文だ。

 お腹も空いている。考えるのは、食事の後だ。


 足を怪我している訳でもないのに足が重い。


「いらっしゃいませ」

 自分の頭よりも大きな青い帽子を被った少女が、にこやかに言う。

 ドストライクな容姿なのに、テンションが上がらない。


「あの、これ、買い取って欲しいんですけど」

「はい、毎度ありがとうございます!」

 そう言ってディスクを受け取った少女の目が緑色に変わる。

 膝が、震えた。

 何で、どうして。

 初めて会ったプレイヤーと同じ目の色だった。


「……申し訳ございません。同じ物を後4つはお持ち頂けないと買い取る事が出来ません」

「え?」

 聞き違い、だろうか。見間違い、だろうか。

 目の前の少女が申し訳なさそうに目を伏せている。

 俺の視線から逃れようとしているのか、帽子で目元まで隠して。

「後、4つ?」

「はい、スライムの欠片5つで銅貨1枚を支払わせて頂きます」


 どうやって始まりの街の中央広場まで歩いてきたのかわからない。

 ただ目は太郎を探していた。


「太郎」

 太郎の姿に何時間振りかの安堵が沸き起こった。

 だが、当の太郎は首を捻っている。

 見た目が、変わってしまったのだろうか?

 変わっていなかった。建物の窓に映る自分の姿は20年馴染みのある顔だ。


「んだよその反応は、飯でも行こうぜ。悪いけど今日は奢ってくれ」

「いきなり何言ってんだあんた。てか太郎って誰だよ?」

 体温がなくなるように感じた。

「おいおい、ちょっと今そんな冗談に付き合ってる場合じゃ」

「悪いけど、俺用事あるから」

「ちょ、ちょっと待てよ。俺だよ、刹那だよ!」

 太郎は非情にも歩き去って行く。

 おい、待てよ。昨日までの一週間ずっとつるんでたじゃないかよ。


 茫然と立ち尽くしていると、何度も人とぶつかった。

 その流れに逆らう気力もなかった。


 ああ、そうか。


 地べたに座り込み、見上げた光景に、一つの真実を見た。

 こいつら、全員NPC何だ。

 誰もが満ち足りた顔をしている。

 誰もが露店で買い物をしている。

 誰もがのん気で、気楽な日々を過ごしている。

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