第3話

《GW》に接続してから六日目。

「ゴチっす!」

「ゴチじゃねえよ、今日はお前が出せ!」

《太郎》と飲み食いするだけの日々だった。

 だけどそれはとても楽しい日々だった。《太郎》はどんな話でも興味深そうに相槌を打つ。

 今や自分でも見て来たかのようにアニメや漫画の話をしてくる。

 しかもそれが中々わかっている奴の話ぶりなのだ、楽しくない訳がない。


 しかしそんな生活ばかりはしていられない。

 端的に金が減って来ていた。

 当初銀貨1枚あった資金はもう銅貨30枚ほどにまで減っている。

《太郎》に奢らせる日もあったが、贅沢をし過ぎたのだろう。

《太郎》に二月は保つと聞いていた《準備金》だったが、このままだと後二日過ごせるかどうかという塩梅だ。

 だから、俺は金を稼ぐために動き出した。


 まずは武器屋だ。

 この手のゲームのセオリーとして攻撃は防御に勝るので防具屋は後回し。

 何、当たらなければというヤツだ。


《太郎》に案内して貰った武器屋は、それらしい厳つい親父が店主だった。

 ちなみに《太郎》は多くの建物の中には入れないようで、武器屋もそれに当て嵌まるらしい。

 今は忠犬ハチ公のように、武器屋の前で待っているはずだ。


「らっしゃい」

 見た目通りに、ぶっきらぼうな物言いだ。

「なるべく安く初心者向けの武器を頼む」

「耐久値∞の物がいいだろう。この《ナイフ》何てどうだ?」

 ふむ、どうやら《GW》内では耐久値なるものがあるらしい。

 なおさら防具よりも優先して良かった。

 防具に頼った闘い方では金がいくらあっても足りないし、被ダメが大きくなった時の不安感は冷静な判断を鈍らせる。


「いくらだ?」

「銅貨10枚だ」

 安。いや、そうでもないのかもしれない。

 銀貨1枚で2ヵ月、銅貨1枚で1食。

 1日3食1月30日計算、つまり銀貨1枚でだいたい銅貨120枚。

 防具がいくつ装備出来るのかは知らないがだいたい頭、胴、腕、足がメインだろう。

――《支度金》の内訳は半分装備、半分生活費といったところか。


「もう少し何とかならない?」

「値段のことか? 無理だな。お前にその価値はない」

 ふむ、少しムカつく言い方だけどどうやら常連になれば、

 値切りに応じるのも吝かでないと親父は言っていますよ?


「おっけ、それでいこう」

 俺は巾着袋の中から銅貨10枚を取り出し、親父に渡す。

「《具現化》していくのか? 《媒体》で渡すのか?」

「《媒体》で」

 親父は黙って円盤状の《ディスク》を手渡してくる。

 それを俺は巾着袋に入れた。《ディスク》分の重みが加わらない素敵な巾着だ。

 この辺りはもう慣れっこである。

 初めて食事を注文した時の《ディスク》を前に固まった日が最早懐かしい。

《太郎》と飯を食いに行っていなければ飯の食い方すらわからなかっただろう。

《具現化》と唱えてアツアツの料理に姿を変える《ディスク》に初めは驚いたものだ。


 さて、冒険の始まりだ。

「広――――!」

 とにかく広い。ヤバい。

 迷子にすらなれる。

 砂漠かよ。

《始まりの街》の西門――(入った時のは東門)から出るとそこは大草原でした。


 ちなみに《太郎》は外には出られないらしく一人だ。

 好か――友情度が足りないとは考えたくないので多分GWではNPCとパーティ組めない。

 奢り損じゃねえかとツンツンしておこう。


「どうしたもんか」

 まさか街を出た瞬間、腰辺りまでの高さのある草に囲まれるとは思ってなかった。

 普通こういうのは街道があるものではないだろうか。

 南門とか北門とか見て来た方がいいかもしれない。

 まあいいか。悩むところだけどとりあえず探索だ。

 なるべく街から離れず雑魚っぽいモンスター倒して金を稼ごう。


 スカートの女の子はいないんだろなあと思わせる草原をサクサク進む。

 草はシャッシャ音を立てて倒れてはまた起き上がるので自分が歩いた道はわからない。

 目の届く範囲から街がなくなったら本当に帰れないかもしれん。


 しばらくシャッシャしていると、前方の草が揺れていた。

 小人族でもいない限り人間ではこの草に満たない身長ってことはないだろう。

 モンスターだ。

「ああ、らしいわ」

 近付き、目に入ったモンスターは、思わず口に出るほどらしかった。

 透明のぶよぶよ。俗にいうスライム。

 スライムは草を食っていた。

 しばらく止まっているかと思うと徐々に草が細かくなってぶよぶよのなかに浮かんでいく。

 こちらには気づいていないのか一生懸命草を食んでいる。

 となるとやることは一つ。


「先手必勝じゃボケェ!」

 初めての戦闘で怖かったので叫んでみた。

 あらかじめ《具現化》していた《ナイフ》を突き刺すと、

 スライムはぴぎゅるぴー! とか言いながら光の粒になり、天へと昇っていった。

 比喩ではなく現実に見た光景だ。


 さて問題だ。迷った訳ではないよ?

 問題は後に残った《ディスク》だ。

どうすんだこれ。

 見た目は他の《ディスク》と変わらない。

 光を反射し、虹色に光る円盤状のそれを、ためつすがめつ見る。

 うん、わからん。


「素材屋で売る、ってことかな?」

 もっと直接的に銅貨がチャリンチャリーンって落ちた方が楽なんだけどな。

 これだといくらの稼ぎになったのかわからない。

 まあ余裕だっだし、ということで二匹目を捜し歩いている。


 サクサクシュッシュ。

 サクサクシュッシュ。

 足を止める。


 本日二匹目である。

 ただ今回はスライムも歩いているだけっぽい。

 まあ、大丈夫だろう、スライムだし。

「先手必勝じゃボケェ!」

 まだ怖かったので叫んでみた。

 しかし、スライムはこちらに気付いてしまった!

 とは言え鈍重なスライム。

 俺の《ナイフ》はスライムの体? に沈み込んだ。

「ぴぎゃー!」

 今度は光の粒にはならなかった。


「もいっちょー!」

 振りかぶったその時だった。

 ぴじょー! だのそんな泣き声を上げながら俺目がけて跳ね飛んでくる。

 避けられない。すぐにわかった。

 俺は空いている方の腕を盾にし、

――ゴギン。


「へ?」

 何が起きた?

 何で俺は今マット運動よろしく視界がぐるぐるしてるんだ?


 ようやく勢いが収まり、草原で大の字になった頃に気付いた。

 腕が、痛い。半端なく、痛い。

 見たくない。見るな。でもやっぱり。


「あ、ああ、うわぁぁぁぁ!」

 左腕が、ありえない部分から折れ曲がっていた。

「ふう、ぐう、ああ」

 認識してしまうともう耐えらなかった。

 痛い。痛い。いたいたいいたいた――

 草の揺れる音がする。


「あああああああ!」

 それからはひたすら走った。

 心臓が張り裂けそうな程走った。

《始まりの街》の西門に辿り着いた時にはほっとしてちびりそうになった。

「《太郎》! 《太郎》!」

 あのモンスターはイレギュラーだよな!

 そうだと行って欲しい一心で《太郎》を探す。

 恐怖で方向感覚が狂っていたらしい。

 気づけば俺は、《外壁》周辺にいた。

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