第2話

 0と1が無数に並んでいる。

《ベッド》を使って仮想世界に入る時は毎度この空間を通る。

《GW》とは言えここら辺は同じみたいだ。


「さあ、始まりの一歩だ」

 映画で言えば提供のロゴが終わるように0と1が消えた。

 そして眼前に広がるのは泉にある祭殿といった風情の場所だ。

 背後には水晶、そしてそれを中心に回転する輪のオブジェ。

 これまでのゲーム経験上、これは転移装置に類する何かだろう。


「チュートリアルとかないのか?」

 かなり不親切なゲームな気はするが、まあ他のVRMMOと似たようなシステムだろう。

 指を二本立て、それを振る。普通のゲームならこれでメニュー画面が出るはずだ。

 しかし、メニュー画面が出ることはなかった。


「おいおい、独自システム使うならチュートリアルは必須だろうが。無能だなあ」

 掌を掲げて下ろす。口に出して要求する。視界の中でメニューボタンがありそうな空間に触れてみる。色々試したが結果は変な舞を踊るはめになるだけだった。

「まあ、誰かに聞くか」

 人一人いない泉に用はないしちょっと離れたところにある壁でも目指すか。

 きっとあの壁の先に最初の街があるはずだ。


 祭壇から降りて周囲の林を越えるともう十メートル程で壁に触れられる。

 入口を求めて壁に沿って歩くと、すぐに衛兵らしき男が立っていた。

「こんにちはー」

 挨拶は大事だ。ひょっとしたら何か情報をくれるかもしれないし。


「こんにちは、ここは《始まりの街》だ」

 衛兵らしき男は、そう端的に言い、押し黙る。

「NPCか……なあ、メニューの出し方教えてくれ」

 男は怪訝な顔を浮かべるだけで応えてはくれない。

 どうやらこの男のAIの中には回答がないらしい。

 ならもうこいつには用はない。先へ急ごう。


 衛兵に止められることもなく、壁の内側に足を踏み入れるとさすが《始まりの街》だった。

 広い。人がたくさんいる。道行く人が貧相な感じ。

 まず大通りの果てが見えない。

 通りの両側には露店が並び、人々がそこで買物をしている。

 堅牢な装備で身を守っている者は一人も居らず、全員言わば布の服を装備していた。


「かぁー、いいねえ。このゲーム感! それにやっぱりな」

 周囲の買物客、道行く老若男女、誰もが充実した顔をしていた。

 誰一人自分の境遇を嘆いているといった表情を浮かべる者はいない。

 自分も早くジョブやら何か身に着けて第二の人生を歩みたい。


「そのためにはまずヘルプか何かに目を通しておきたいんだけど……」

 試しにその辺にいた男に聞いてみる。

 男はもう完全にTシャツ、パンツとスニーカー。まるでリアルの街中を歩いているといった恰好だった。

「なあ、この世界のことを知りたいんだけど、どうすればいい?」

「ははーん、お異界人か。なら《ギルド》に面倒見て貰いな。《ギルド》の場所はわかるか? なんなら案内してやるぞ」

 おお、幸先良いな。偶然案内役のNPCに声を掛けたらしい。

 しかしやたら砕けた話し方をするNPCだ。


「おお、頼むよ」

「任せとけ。俺は《太郎》ってんだ、お前は?」

 お、ここでネーム登録か。

「刹那だ」

 せっかくのゲームだ。カッコいい名前を名乗りたいし俺はそう名乗った。

 これで今後GW内での俺の名前は刹那となるだろう。

「おっけ、刹那。じゃあ《ギルド》まで案内するよ」


 俺はギルドへ向かう途中、色々と目移りしていた。

 整備された大通りに敷かれた石畳は、荷馬車が通ると効果音のような音をさせる。

 屋台の肉を焼く香りが鼻腔を、そして空腹感を刺激する。

 コンクリートジャングルとは縁遠い古式ゆかしい建物。

 なにもかもが自分の中の心を湧き踊らせる。


「この町には何があるんだ?」

「そうだな、宿屋、武器屋、防具屋、道具屋、素材――」

「――おっけ、何でもあるってことだな。後で探索するわ」

「はは、そうだな。ああでも壁の近くには行かない方がいいぜ」

「何でよ?」

 太郎は少しだけためると、驚かすような口調で言った。

「貧民街だ。治安が悪い」


《ギルド》

 だいたいのゲームではクエストを受けたりパーティを組んだり出来る場所だ。

《GW》ではどうなのだろう?

 最初に案内されたという事はサービスカウンターのような物なのだろうか?

 もしもそうだったら助かる。


「《異界人》の方ですか?」

「ああ、まあ多分」

 温泉宿の受付。表現するならこれが一番しっくりくるだろう。

 その向こう側から柔和な笑みを浮かべたネコミミ少女が語り掛けてきた。

 かなり可愛い。

「近頃はとんと出会わないんですよね」

 そう言うと耳がぴくぴくと動く。飾りじゃないのだ耳は。


 しかし《GW》のNPCはやたら人間味に溢れている。

 具体的には《太郎》の事を質問しまくっていたら尻を抑えながら、

『俺、その気はないから』

 などと冗談を言える位だ。

 当然俺は《GW》についての学習のために質問しまくっていただけだ。ちなみに奴は《ギルド》内には入れないらしく俺が出てくるのを《ギルド》前で待っていてくれるらしい。

 その気はないんだよな?


「《異界人》はまず《ギルド》へ、って話を聞いたんだけど」

「はい。《異界人》が来たらまず《ギルド》へ案内してもらえるように通達を出してます。《異界人》はこの世界の常識を知らないのでほっとくと私たちが迷惑を被るので」

 さらっと毒を吐いた。可愛い外見からは想像もしていなかったのでびっくりして怒りも湧き起こらない。

「どんな常識を教えてくれるんですか?」

「はい、ではまずこちらをどうぞ」

 言って手渡されたのは巾着袋だ。中には銀貨が一枚。

「銅貨で食料等の安価品が買えます。銀貨1枚相当で中等の品々が買えます。

 金貨はその他希少品を購入するのに使用します。

 金銀銅交換比率は随時変動しますので、使用する都度お店の方とご相談ください。以上です」

 以上です。彼女は可愛らしく首を傾げて言った。それは異常です。


「ちょ、ちょっと待ってください。それだけですか?」

「他にどんな常識を教えろと?」

 キョトンとした顔も可愛いがそれに見惚れている場合じゃない。

「いやもっとこう何をしろとかどうしたらジョブ持ちになれるかとか」

「? ジョブ持ちの意味はわかりませんが、ご自身の行動を他人に決められた方がいいんですか? 変なこと言いますね。あまりそういうこと言わない方がいいのでは? 奴隷にされますよ?」

 あなたの奴隷にならいつでも。というようなキャラでは俺は残念ながらない。

 というかいるのか奴隷。少しわくわくする。


「お、《支度金》は貰えたか?」

《ギルド》を出ると《太郎》がにこやかに手を上げていた。

「ああ、貰えたよ。他には何にも収穫なかったけど」

 実際驚く程収穫がなかった。

 クエストを受注したいと言ったら首を捻り、

 これから先どうすればいいのか尋ねると勝手にしろという。


「いやあ、銀貨1枚ぽんと貰えただけでも儲けもんだろ。俺の給金より高いぞ」

「《太郎》はどうやってお金を稼いでるんだ?」

「俺か? 俺は街の中歩き回って声かけてくる《異界人》がいたらそいつを《ギルド》まで案内する仕事してるぞ」

 何それ、そんなもんでやっていけるなら俺もやりたい。

 いや、退屈か。せっかくのファンタジー世界だ、ロマンある事をやりたい。

「街から外には出ないのか?」

「嫁でも出来ればそんな選択肢もあるだろうけど生憎俺は独り身だ」

「したいとは思わないのか?」

「俺達からプロポーズの選択肢何てねえよ。《婚約指輪》の値段、一番安いやつで金貨10枚だぜ? 貯めらんねえよ」

 考えよう。システムが当てにならない分考える事がこのゲームの攻略法となるだろう。

 金貨10枚、NPCには破格過ぎてプロポーズが出来ない。

 つまり《GW》でプレイヤーはプロポーズ出来る?


「なあ、もしも《異界人》からプロポーズされたらどうする?」

「そうだな、胸がでかくて美人なら受けるかもな」

 一生独り身フラグ。まあさておきNPCにも選択権はあるようだ。

 でもあれか、もしOKされたらNPCとも結婚出来るのか。素敵だ。OYS(俺の嫁システム)と名付けよう。

「お、それより《ギルド》までの案内料として飯でも奢ってくれよー、いい店紹介してやるからさー」

「んだよ、それがお前の仕事何だろ」

「そうなんだけどほらそこはさ、ほら、頼むよー」

 人懐っこい《太郎》は嫌いではないし、

 結局は銀貨を両替した中の銅貨6枚を支払い、酒場で酒を酌み交わした

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