第21話
たぶんわたしはいま、今までの人生で一番穏やかな時間を過ごしてて、
最近、なんでこんなに自分が生きてることが許せないんだろうって、不思議に思ってたんですけど
たぶん、父親と母親に向いていた殺意の行き場がなくなっちゃったから
父親と母親のどちらも死んでしまって、恨みの行き場を失ってしまったから
だから行き場がなくなった殺意とか恨み辛みとかそういうどろどろしたものが、自分に向いているんだろうなあと思うよ。
まあ、こればっかりは仕方ない。毎日毎日何年も何年も積み重ねたものが、簡単に消えたら誰も苦労しない
消化できるかなんて判らないけれど、昇華するのを待つしかない
わたしは自分が生まれてきたことが、生きていることが悪いんだから仕方ないんだって口では言いながら、
心底では母親と父親が悪いんだ、全部全部彼らが悪いんだって思ってたよ(まあそれは、事実の半分ではあるのだけれど)(もう半分は、やっぱりわたしが生きてることが悪いんだけれど)
たぶんそれって両親に責任を全部押しつける行為で、ある意味でわたしは彼らに依存してたんだろう
だって寝ても覚めても暇さえあれば彼らがいかに不幸で無様に苦痛に満ちて死んでくれるかばっかり考えてたからね
実家にいる間も、
実家を出てからも
わたしがこんな人生なのはわたしが生まれてきて、生きているからで、それが全部悪いんだけれど、
たぶんずっと眼を逸らしてたそんな事実を今さら突きつけられちゃったから、なおさらってのもあるかもね
言い訳の行き場所をなくしちゃったので、
父親と母親を殺すことの次に、自分が死ぬことばっかり考えてたから生き延びちゃってどうしたら良いか判らないってのもあるけれど
ときどき自分でもびっくりするくらい、自分が生きていることが腹立たしい
別に死ぬ気なんてないし死にたくないのに、それとは全く別の頭のどこかで、本当にこいつ死んでくれないかなって思ってるのよ
生き恥を晒してみっともない、って
なんでこんな癖を持ってるのか知らないしきっかけも忘れちゃったけれど、こう、暇さえあればいろんなところに「死」って字を書いちゃうのが癖になっててね。イライラしてるときにたまに再発するくらいだけれど
だから実家のわたしの部屋は、実はわたしが書きつけた「死」の文字がびっしり隠れてる
畳とか、柱とか
いつだったかに捨てた、勉強机にも
ペンとか、コンパスとか、爪とかで
いまはペンで書くとまずいって判ってるんでね、こう
指で書くんです。机とか、自分の手とかにね
何にも慰めになんてならないけれど。幼いころのわたしは何を考えてあんなに書き続けたんだろうか。救われるとでも思ったんだろうか
無意識に指が形をなぞるようになるまで
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