第2話 働かなければ生き残れない

私が新卒社員として入社したのはスマートフォン向けのゲーム開発、運営を手がけるゲーム会社だ。

設立からまだ数年と経っていない会社だが、ある会社から独立した経緯を持つため独立以前から行っていた新卒採用を継続している。

そんな情報を知り合いから入手した私は特に考えもなく採用面接を受け、就職難な現代にもかかわらずあっさり内定通知書が届いた結果、今年の4月から正社員となったのだった。

採用理由はよくわからないが、上層部にとっては何かしら思うところがあったのだろう。


職種としてはゲームプログラマだが、一口にゲームプログラマと言ってもやることはゲームや担当部分によって様々だ。

スマートフォン用アプリの開発をメインで担当する人もいれば、スマートフォン同士の通信を中継するサーバ用のプログラムを開発する人もいる。

ゲームプランナーのためのゲームデータ設定ツール作成を手がけている人もいる。

ちなみに、私が所属するチームでは特に機能によって役割分担するようなことはせず、優先度の高い機能をチームメンバーで分担する取り決めになっている。

どの部分でも全員が実装に携われるので、仮に誰かが休んでも「ある機能の開発が滞ってスケジュールが遅延する」といった問題は起こらないだろう、という考えだ。


「ふあぁ……」


さて、そんなプログラマである私が現在何をしているかというと--欠伸を噛み殺しながらSNSで流れてくる情報を読み漁っていた。


一見サボっているように見えるかもしれないが、周囲から特にお咎めはない。

周囲のメンバーはこの状況に至った理由を察しているからだ。


サーバ用アプリケーションの生成に時間がかかる。

我々のチームでは、C++と呼ばれるプログラミング言語をそこそこの規模を持つサーバプログラムの実装に採用している。

そしてC++という存在は、いかにうまく使おうとも、規模が大きくなり記述量が増えるに従ってアプリケーション生成に時間がかかってしまうのだ。

このチームではサーバアプリケーション生成に要する時間を20分弱に抑えられているが、チームによってはプログラムの生成に一時間前後かかっている場合もある。


待ち時間も勤務中なことに変わりはないので、メール処理などの雑務や調べ物を済ませるのがよく利用される手段だ。

とはいえ、入社して日が浅いプログラマに勤怠情報以外のメールが送られてくることなどほとんどない。

メールチェック業務は一度目の待ち時間で終わってしまった。

今は仕事に関係しそうな調べ物も特にない。

そういうわけで、時間潰しとして外界の情報収集に勤しんでいるわけだ。


あと、常駐システムのネ子さんと戯れるという手段はあまり用いたくない。

暇だから話しかけるなどという行為をとれば『もみあげ仕事しろ』という言葉を連打され、通知欄を埋め尽くされてしまう。


「もみあげ仕事しろ」


「PCが仕事してます」


鉈さんとのこの定型なやりとりにも慣れたものだ……慣れて良かったのかどうかを気にしてはいけない。


そんな鉈さんは正座しながら椅子を回転させている。

これもチームの日常的な光景の一つだ。

毎度のことながらよく目が回らないものだと感心してしまう。

かつて私も試してみたが、その日はそれ以降仕事にならないレベルで体調が悪化したので、二度と真似すまいと心に誓っている。


「鍛え方が足りない」


「鍛える必要、あります……?」


「人による」


そうして鉈さんはパソコンの画面へと向き直り、作業へと戻っていった。

どうやら今回は、考え事をしていたパターンの回転だったらしい。


自分のPCの作業画面を覗いてみる。

つらつらとログが並びいくらかは進行したことがわかるが、出力完了まではたどり着いていない。

ファンも唸りをあげているあたり、まだ時間がかかるだろう。


SNSでの情報収集作業に戻ろうかとも考えたが、今はどうも収穫のありそうな情報が流れてこないので気が乗らない。

だが、これといってやることは見いだせない。

社内チャットも静かだ。

ドキュメントやプログラムのレビュー依頼が投げられていれば仕事にありつけたのだが……。


仕方ないので、軽く周囲を軽く見回してみる。


額さんは離席中だ。

おそらく私と同じで出力待ちなのだろう。

彼はこういう時、別チームの様子を見に行くことが多い。

普段どういう会話をしているのかよくは知らないが、おそらくゲームの話か、開発の話か、よく分からない謎の会話の3択だろうと思っている。


マイタケさんは……巷で大人気のスマートフォン向けゲーム”ドラモン”のクエストをせっせと進行中のようだ。

彼もプログラムの出力待ちらしい。

確か今週頭から来週末はイベント期間だったはず。

そこそこ上位にランクインしているマイタケさんとしては待ち時間を最大限に有効活用したいところだろう。

邪魔するのも気がひけるので、マイタケさんの勝利を祈りつつそっとしておくことにする。


「おっ」


そんなこんなの間にプログラムの出力が終わったらしく、画面に"Successful"の文字が現れている。

ようやく第一段階突破だ。


ゲームサーバを立ち上げる……ここも問題なく動作しているように見える。

まぁ、起動処理は全く触っていない部分なので動いてもらわないと困るのだが。


PC用のゲームアプリを操作し、立ち上げたゲームサーバにアクセスを試みる。

接続オールグリーン。


本当はスマートフォンかスマートフォンエミュレータで動作確認をしたいところだが、ないものねだりをしても仕方がない。

開発用スマートフォンが社員全員分あるわけではなく、エミュレータ付きのソフトウェアはライセンス料が高いので数が少ない。

そんな状況なので、スマートフォンなしでもテストプレーが可能なように、開発者用のPCアプリも作っているのだ。

あまり良い手ではないが、仕事がストップするよりかはマシだろう。


慣れた手つきで画面を操作し、テストしたい機能を表示させる。

もう何度も繰り返した手順なので、腕や指が何をすれば良いのか勝手に覚えてしまっている。


「それじゃあやってみますかね……ほい」


実行ボタンを押す。


『エラーが発生しました』


「ぐぬぬ」


ゲームサーバが盛大にエラーを出力してダウンしてしまい、アプリの画面には無機質なエラー画面が現れる。

どこかに不具合となるような挙動を入れてしまったらしい。

ひたすらログを眺めて、どの部分でエラーにつながるような挙動になったのかを追いかける。


(今自分が触った部分だと良いが……)


プログラムというのは様々な機能が複雑に絡み合っている。

1つの小さな変更でさえ予期しない不具合につながる可能性もないわけではない。

自動でテストを走らせて確認できる部分なら問題部分をすぐに発見できるのだが、今回はその範囲外、実行中に起きた問題だ。

もしかしたら根深い問題かもしれない。


「すぐに解決するといいなぁ……」


この言葉に反応を示した人はおらず、作業音だけが私の耳に届くのだった。

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