第3話 おっひるー
「もみあげもみあげ~、ご飯行こ~」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
おかしい、あと数十分はお昼まで時間があるから集中できると思っていたのだが。
「寝坊したからじゃない?」
「おお、なるほど」
とはいえおなかがすいていないわけではないので、額さんに同行の意志を伝えて作業を切り上げにかかる。
PCの画面をロックし、ログイン画面が表示される。
こうしておけば人に触られる心配はないだろう。
このチームでは離席する際に画面をロックしなければ壁紙画像を勝手に変更する、という恐ろしいルールが組み込まれているため、油断はできない。
よく考えられたセキュリティ対策の一環だと思う。
「神もご飯行かない?」
「おっ、行く行く」
額さんはその間にもう一人誘うことに成功したらしい。
あと、この場にはいないがマイタケさんもおそらく参加するだろう。
”神”と呼ばれた人物は私や額さん、マイタケさんと同じく新卒社員の一人である人物の二つ名だ。
別に信仰の対象とかお伽話に登場する存在というわけではない。
新人社員研修でのある出来事がきっかけで神認定された、という由来からつけられた別名だ。
私と神は入社する前からの付き合いなので、本当は苗字で呼ぶほうがしっくりくるのだが、今はチームのルールに従って私も神と呼ぶようにしている。
『おっ、そういう関係?』
などといってネ子さんにからかわれたこともあるが、決してそういう関係ではない。
というか、私はともかく真面目な彼にそういう話を振るのは勘弁してほしい。
「お待たせちゃん」
神の支度ができた丁度良いタイミングでマイタケさんが戻ってきた。
さすがは空気が読める男、マイタケさん。
「で、今日は何にするんです?」
そういえば、まだお店を聞いていなかった。
「平等カレー」
「ああ、あのインフラエンジニア御用達の」
平等カレー。
ビルの裏手から少し歩いた大通りにある定員30名程度の小さなカレー屋だ。
特徴は、カレーにつけられるトッピングがだいたい洋食なことだ。
なんでも、元は洋食屋だったのに親会社が買収され、シェフは続投のままカレーチェーン店に切り替わったとか。
なおこのお店、インフラエンジニアの方々が足しげく通うお店として社内では有名である。
人によっては週に8回は平等カレーに通っているというのだから、その愛されっぷりはすごいの一言に尽きる。
「この時間に入れるの?」
神の疑問の声をあげる。
13時はまだまだピークの時間帯であり、平等カレーは激戦区として有名なお店だ。
通常の手段で入れるとは思えない。
だが、額さんは既に手を打っていたらしい。
「インフラマンにインフラ構築してもらってる」
インフラエンジニアへのインフラ構築依頼。
それを意味するところはただ1つ……席確保だ。
平等カレーに通い詰め、店長と懇意になった彼らだからこそできる、ピーク時も任意の席をリザーブできる高等技術だ。
その技は平等を名に持つカレー屋における、唯一の不平等としてよく知られているとかなんとか。
「さすが額さんやでぇ」
「うっしっしー」
そんなやり取りをしている間に平等カレーにたどり着く。
はやりこの時間帯なだけあるのか、空き席待ちの人々が何人か入口で待機している。
「何名様でしょうか?」
「席を予約している4名です」
人数確認にやってきた従業員に予約枠の4名であることを伝えると、そのまま席まで通された。
隣の席にはインフラチーム所属の2人が水を飲んでいる。
「じゃ、僕らはいくから」
2人はどうやら我々がやってくるのを待っていたらしい。
水を飲み終えると店を出て行った。
あれが、常連の風格……強い。
「おなかすいたー……カニクリームコロッケカレーかな」
私がそんな感想を抱いている間に、額さんは注文まで終えていた。
「僕はオムカレーかな」
「ハンバーグカレーで」
マイタケさんと神が続けて注文を告げる。
いかにも洋食屋っぽいトッピングつきだ。
いや待ってほしい、オムレツはトッピングなのか……カレーがトッピングではないのか?
「モミアゲまだー?」
「っと、じゃあ……ハヤシライスで」
急かされたので目に留まったハヤシライスを頼む。
カレー屋に行くとカレー以外を頼みたくなる性分なのだ。
食事が運ばれてくるまで雑談に花を咲かせる。
あのゲームの調子はどうだとか、家で試作してみているゲームの進捗はとか、仕事の調子云々……内容に偏りがあるのは仕方のないことだと思う。
そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。
……うん、期待通りのハヤシライスだ。
「ところで、カレーにハンバーグって合うの?」
気になっていたことを神に尋ねてみる。
ハンバーグにソースやケチャップなどをかけて食べることは多いが、さすがにカレーを試したことはない。
未知の味に興味が尽きない……味音痴だけど。
「ハンバーグって感じ」
「なるほどわからん」
これはあれだ、自分で頼んで考えろということだろう。
今度来た時は注文してみよう、と心に刻む……覚えている可能性はかなり低いのだが。
「マイタケさんマイタケさん」
「ん?」
そんな時、すでに食事を終えていた額さんが空いた皿を指さしながら、意味深な視線をマイタケさんに送る。
その真剣な表情からただならぬ気配を感じ取ったのか、マイタケさんも真顔になって皿を注視し──
「皿が……まっさら」
「……っ」
マイタケさんは笑いそうになるのを必死にこらえている。
「皿が……サラサラ」
「っ」
そして、お返しとばかりに反撃を試みていた。
額さんの表情は悪くない反応を示している。
(仲いいなぁ……)
こういうなんでもないやりとりが、今日も平和なことを実感させてくれる。
願わくば、仕事のほうも平和でありたいものだ。
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