お見舞い編

厄介なプレゼント

「うわああああああ~っ!」


 毎度毎度のお約束のようにガバッと起き上がる。気が付くとそこは病院のベッドの上だった。あれ? 夢から覚めた? って一瞬思ったけど、よく見たらそこは動物病院じゃなくて人間用の病院の病室。

 つまり――まだ夢の中なんかーい! いい加減本当に目覚めたい……くすん。


 そんな僕が目覚めた事を見守っている人達がいた。そう、どうやら僕は今その心配している人達に見守られているみたいなんだ。病人だからね、それはあるよね。僕が目覚めた事で、そのお見舞いに来ていた人々がそれぞれに声をかけてくれた。

 最初に声をかけてくれたのは僕の飼い主であるサキちゃんの両親だった。


「お、気がついた」

「みんな来たくれたよ」

「え?」

「お見舞い。手術成功したでしょ」


 ああ、今回の設定ね。それで病室なんだ。実際、僕が何の病気でいつから入院してたかとかは多分そんなに重要な事ではないんだろう。そう言う設定の夢って言うだけなんだ。

 僕が病室で入院している、それだけが重要な事なんだよきっと。それに、もしそれ以上に重要な事があったなら、その内夢の中で誰かが僕に説明してくれるはず。大体今までがそうだったし。


 そんな訳で僕はこの夢の中で入院患者の役を楽しむ事にした。今まで散々色んなパターンの夢を体験して来たからね。演じる事にもすっかり慣れちゃったよ。

 周りを見渡すと、結構な人がお見舞いに来てくれているようだった。みんなそれぞれに何か手土産を持って来てくれている。ああ、いいな、こう言うの。


「ほら、ケーキ持って来たぞ! 後で食べてくれ。今でもいいけど」


 そう言ってケーキを差し出してくれたのはサイトーさんだった。その如何にも彼らしいお見舞いの品に僕は彼の僕を気遣う暖かさを感じた。

 うん、ケーキね。猫の自分にとってこれは食べられるかどうか分からないけど、嬉しいよ。


「あ、有難う……」


 僕がお礼を言うとサイトーさんもニッコリ満足気な顔をしていた。

 次に僕に声を掛けてきたのはユウキ君だ。彼もまた彼らしいプレゼントを僕に渡してくれた。


「僕からはね、ジグソーパズル。入院中暇でしょ?」

「へぇぇ……面白そう。有難う」


 ジグゾーパズル、流石頭脳派の彼らしい面白そうなプレゼントだよね。実は僕、こう言うの結構好きなんだよ。うん、入院中の良い暇潰しになりそうだ。

 僕がこのプレゼントを喜ぶと、その様子を見てユウキ君も満足そうに笑っていた。


 そうして次に僕に声を掛けて来たのはシノハラさんだった。彼女が渡してくれたのはお店で売っている既成品じゃなくて、彼女お手製のプレゼント。


「私からは、手作りクッキーを……」

「わ、美味しそうだね! 嬉しいよ」


 その既成品にも劣らない完成度のクッキーは、見ただけでよだれが出そうなとてもクオリティの高いものだった。手作りと言う事もあって、彼女の気持ちがこちらにもダイレクトに伝わってくるようだ。うん、これは有り難く大事に頂かなくてはなぁ。

 僕がこのクッキーをとても喜んでいるのを見て、彼女もにっこりと満足気に笑っていた。


「俺からは……」


 そんなこんなで、僕の病室はあっと言う間に沢山のお見舞いの品で埋もれる事になってしまった。いやぁモテる猫は辛いやねぇ。

 でも――このお見舞いの面子の中に奴がいないのが――僕にはとても不安だった。まさか……またヤツが僕の前に立ち塞がる敵的存在として現れるんじゃないかと……。

 流石に3回連続でそんな展開は嫌だよ……勘弁してよマジで……。


 そんな時、目の前の病室の廊下をドタドタドタドタ……と、走る音が聞こえてきた。全く、病院の廊下を走るなんて迷惑な――そう思っていたらその足音は僕の病室の前で止まった。

 と、言う事はもしかして……。


「ゴメン、病室間違えちゃってた! ここでいいんだよな!」


 そうやって入って来たのは……そう、マロだった。うん、予想はしていたよ! ヤツも僕のお見舞いに来たらしく――何かを持って来ていた。

 ただ、もったいぶって隠していたので何を持って来たのかここからは全然見えない。


 ああ……どうか悪い予感が当たりませんように。


「いやぁお前が倒れるなんてなぁ。でも無事手術が成功して良かったよ」

「そりゃどうも……」


 今回は思いの外ヤツのテンションが明るい。これはマロが仲間になる場合の特徴だ。

 ――って事は今回、ヤツが酷い事をする話の展開ではないっぽい? 僕は勝手にそう解釈して、ホッと胸を撫で下ろしていた。マロはそんな僕の心情を知ってか知らずか、留まる事なく話を続けていた。


「でな、お見舞いに来るにあたって何を持って来たらいいか、悩みに悩んだんだよ」

「いやもう……気持ちだけで十分だから。別に何も持って来なくてもいいから」


 テンションの高い時のヤツは本当にうざい。僕はもうこのテンションに対応しているだけで疲れて来てしまっていた。お見舞いに来てくれたその気持ちは嬉しいけど……もうその気持ちだけで十分お腹は一杯だった。

 けれど、当のマロは話すだけで満足してくれるかと言うとそんな事はなく、当然のようにお見舞いの品を僕に渡そうとする。

 大体、もったいぶっているのが怪しいんだよ……こいつ、一体何を考えているんだ?


「何だよ遠慮すんなよ! 俺とお前の仲だろう? 手ぶらって訳にはいかないよ!」

「ああそう……? じゃあそこに置いておいてよ」

「何だよその雑な態度! 親友の俺様が悩みに悩んで選び抜いた物なんだぞ! もうちょっと大事に扱ってくれよ」


 僕の冷めた態度にヤツは軽く逆ギレしていた。そんな態度を取られたって、正直あんまり期待出来そうもないんだから仕方がない。こいつがテンション高く喋れば喋る程、僕の気持ちは冷めていった。

 別にマロ自身が嫌いって訳じゃないだけどね……。どちらかと言うと好きな方だし。


「んな大袈裟な……」

「大袈裟でも何でもないぞ! 絶対気に入るから!マジで!」


 で、色々もったいぶっていたマロだったけど、やっと話の結論がやって来た。それにしても奴はどうしてこんなにも自信満々なんだろう?

 自分の行為に一点の疑問も持たない、そんな押し付けがましさすら感じさせる性格……良い性格してるよ本当。


 でも本当にマジでこいつのお見舞い品には地雷臭しか感じられないんだよなぁ。この悪い期待をどうにか打ち破ってもらいたいものだけど――さて――。


「で、結局さ、俺の大好物を持って来たんだ。これならお前も喜んでくれるだろ?」


 そう言ってマロが僕に差し出したお見舞いの品が――きゅうりだった。も、もうきゅうりは勘弁してくれーっ!

 僕は今までの夢で完全にきゅうりがトラウマになってしまって、反射的に飛び上がって拒否反応を示す程にまでなっていた。

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