魔界編
目指すは魔界門
「うわああああああ~っ!」
と、ひとしきり大声を出したところでガバッと起き上がる。ああ……酷い夢だった。夢の中とは言え、きゅうりに食べられるだなんて……。いつもなら大抵快適な空気感の中で目覚めるものなんだけど、今回は生温くてひどい匂いの充満する中にいた。
見渡すと見た事のない景色が目の前に広がっている――間違いない、やっぱりここも夢の中の世界だ。
って言うか……さっきのきゅうり魔物の腹の中よりひどい光景が広がっているんですけど? この時、何だか悪い予感がしたけど、その予感はきっと間違いだって僕は自分に言い聞かせようとしていた。
生温い空気に鼻を突く異臭――そして空は曇っていて無茶苦茶暗い。匂いの成分は複雑で血の匂いやら肉の焦げる匂いやら腐った匂いやらゴミの臭いやら――。目に映るのは何かが燃えている光、煙、焦げた建造物、崩れた建造物。植物なんてどこにも見えなくて、耳を澄ますと争いの声ばかりが聞こえてくる。
それはさっきまでいた天上界とは全く正反対の世界だった。
「悪夢から目覚めたと思ったら、まだ悪夢の途中だったのか……」
さっきから恨み言や愚痴、罵倒、不平不満などあらゆるネガティブイメージが頭の中に流れ込んでくる。この場所にいると言うだけで、僕は気が狂いそうになってしまっていた。
とにかく何か救いが欲しくて、周りを見渡した時に唯一見えた空に浮かぶ小さな光を目指す事にした。その光はこの空の上にあって、歩いてそこまで辿り着けるかどうかは未知数だ。
目覚めた僕はもう天使じゃなくなっていて、空を飛ぶ事は出来ない――けど、その光の近くに行けば何かが分かる。根拠はないけど何となくそんな気がしていた。
例え辿りつけなくても、せめてあの光の近くにいきたい! その思いだけが僕の足を交互に動かしていく。
この世界のあちこちでは争いが日常茶飯事だった。新しい場所にいく度に僕は何かのいざこざに巻き込まれていた。
それは時に喧嘩だったり、時に詐欺だったり、時に抗争だったり、時には蹂躙だったりもした。正義のない世界では常に力の強い者が正しかった。
この世界もまた現実世界ではないらしく、力尽きて倒れてもすぐに何事もなく復活する。その為、悪意が何度も再循環していた。
僕も旅の道中で何度か死んで、その都度何事もなかったように復活している。厄介事を最大限に避けていたのに、それでも何度も絡まれてしまう……。この世界はそうなんだから仕方がなかった。
ずっとそれだけを頼りに歩いていた僕は、いつしかあの光にかなり近付いていた。近付いてみると、どうやらその光は山の上からこの世界を照らしているように見える。
光に関する話を聞き回っていると、あの光の向こうには別の世界があるなんて噂も耳にしていた。その話を聞いた僕は俄然やる気が出るのだった。
そこに行けば、もしかしたらここから脱出出来るかも! と、その思いは僅かな希望へと変わっていく。
その噂を聞いた酒場を出た時だった。僕が誰かに呼び止められたのは。
「おい!」
その声に振り返るとそこにはマロがいた……。あ、この世界でもやっぱりいたんだ。長い旅の中でようやく見知った顔に出会えた事で、僕はやっと少しだけ安心出来た。
それから先の記憶がない――どうやら僕はヤツと意気投合して朝まで飲み明かしていたらしい。
僕はお酒なんて飲んだ事ないんだけどな……。夢の中だからって記憶がなくなるまで酔えるんだ……。知識としては知っていたけど……。
目が覚めるとマロがそこにいた。そして僕が目覚めたのを知って一方的に喋り始める。
「起きたか? いやあ、昨日はいい酒が飲めたな」
「いやあの……全然覚えてない」
「なんだって! はは! こりゃ傑作だ!」
マロはそう言って豪快に笑った。うん、明るい性格のマロだ……。ネガティブ全開のこの世界では貴重な存在だな。
しかしその姿は今まで目にしていた普通の姿とは違っていた。何て言うか全体的に刺々しかったし、頭には角が生えている。
「マロ……その角……」
「ああ、これか? かっこいいだろ? 魔界でも一二を争う美角って評判なんだぜ?」
魔界――やっぱりそうだ――ここは魔界なんだ。多分そうだろうと思ってはいたけど、そうでないといいなって強引に思い込んでいた。
何で天上界の夢の次は魔界なんだよ……まさに天国から地獄だよ……。
「お前だってその2つに別れたしっぽがイカスじゃねぇか!」
魔界には魔物しかいない。そう、ここで目覚めた僕もまた魔物として目覚めていた。猫の魔物と言う事で、僕は猫又になっていたんだ。望んでこうなった訳じゃないから余り気分のいいものじゃない。
「よしてくれよ……この姿はあんまり好きじゃないんだ」
「そうかい? 悪くないぜ。自信を持ちなよ」
「そりゃどうも……」
マロは僕を慰めてくれる。えぇと、昨日僕はヤツと何を話したんだっけ? ああダメだ、思い出そうとすると頭が疼く……二日酔いってこんな感覚なのか……?
「昨日話していたあの話だけどな、俺も一緒にいくぜ」
「え?」
「何だ覚えてないのか? 魔界門だよ! 一緒にいこうぜ!」
魔界門? それって前の夢に出てきたあの門の事? もしかしてこの夢は前の夢と繋がっている? 僕は混乱してしばらく奴の話が耳に入って来なかった。
そんな僕を心配してかマロが僕の顔を覗き込んで来る。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
「ああごめん……あの、さっき魔界門って」
僕は魔界門と言う言葉が気になって、改めてマロに聞いてみる事にした。その門がもし前の夢と同じものだとしたら――天界と魔界とを繋ぐあの魔界門だとしたら――今の夢と前の夢には何か繋がりがあるんだろうか?
「魔界門は魔界門だろ? あの光は門から漏れる光なんだ」
「え……そうなんだ」
なんと、僕が目指していたあの光の出処が魔界門だったなんて……。僕は何か見えない力で導かれているような、そんな気がしてきていた。
そうしてこの世界のマロもまたそんな魔界門に惹かれたひとりだった。
「俺も行きたいんだよ、門の向こう側へ! こんな魔界なんてまっぴらだ」
「そっか、マロもこんな世界じゃ生き辛いんだな……って、ちょい待って!」
旅の目的地が魔界門だと言う事は確定したとして、もしそれが前の夢と同じ門ならば……僕は重要な事を思い出した。あの門は並の魔物には破る事が出来ないって事を。
僕らはどう見ても並の魔物でしかない。こんな2人がそこまで辿り着いたとしても、どうやったって門なんて開けられるはずがないじゃないか……。
「何だよ、どうしたんだ?」
「確か魔界門って並の魔物は……」
「だよな、門番がいるから簡単にはいかないよな」
僕が話しかけると、すぐさまヤツが言葉を被せて来た。門番だって? 門番って門を開けてからの話じゃなかったっけ? もう門は開けられる設定で話を進めている?
僕はこの話にちょっと混乱して、その言葉の真意を聞いてみた。
「え? 門番……? それは天上界側の?」
「違うよ、こっち側だ! 知らないのか? 勝手に向こうにいかないように見張り役がいるんだよ」
「そ、そうなのか……知らなかった」
門番が魔界側にもいるだなんて知らなかった。
でも、そう言うのがいるなら雑魚魔物が門をすり抜けてやって来るなんて事が有り得るだろうか? やっぱり今の夢と前の夢は違う世界なんだ。そう考えないとちょっと辻褄が合わない。かなり世界観は似通っているのに、微妙に違うとか夢の世界は興味深いなぁ。
それについ思わず天上界の話をしてしまった為、僕はマロに疑われる事に――。
「もしかして天上界側にも門番がいるのか? 何でそれを知ってるんだ?」
「いやその……あ、ほら! こっち側にもいるくらいだし向こう側にもってね」
「何か怪しいなぁ。ま、いいけど」
ふぅ……何とか誤魔化せたっぽい。こりゃあんまり迂闊な事は言えないな。それじゃあ、話を仕切り直してこっち側の門番について聞いてみようか。前の夢での天上界側は新人天使が担当してたんだけど……。
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