招かれざる客
ちなみに他の天使の仕事と言えば、人間界に干渉する仕事や神々の仕事の補佐、天上界自体の運営や天国の管理など。マロが目指している警備隊の仕事も、今の平和な天上界においては余り活躍の場はないみたいだ。
魔物は依然として存在するから、警備隊が不必要かと言えば全然そんな事はないんだけど。
「この門が最後に破られたのがもう300年以上前になるのか」
マロはそう言いながら門を眺めていた。この立派な建造物は神々が作った難攻不落の完璧な代物。門がここに置かれてから数千年以上経つのに傷ひとつついてはいない。まぁ、それはこの門に自己修復機能があるからでもあるんだけど。
で、そんな門を破ったのだから300年前当時の相手も相当上位の大物魔物だった。門を破ったその魔物は、その時にこの天上界を荒らしに荒らしたらしい。その記録は今でも数多く残っている。その時の記録を元に、二度とそんな事が起こらないようにとしっかり守りを固めたんだ。
もし僕ら門番が手に負えないような事態になったら、すぐに上級天使が駆け付けられる仕組みも整っている。その弊害として門番は常に監視されている状態になっている訳なんだけどね。
しっかり対策が取られた以上、もう昔みたいな大惨事は起こらない……。そう僕らは思っていた。少なくとも僕らの代ではそんな事は起こらないと――。
多分油断もあったんだろう。それは僕らがこの仕事に慣れて来たある穏やかな日の事だった。時期的に言うと、僕らがこの仕事について約一年が過ぎた辺りの頃。この仕事は大体一年で交代する。新人がやってくる周期が大体そのくらいだからね。
だから僕らもそろそろこの仕事は終わりだなーって、そんな空気でいたんだ。
その時、また門から弱小魔物が通り抜けてくる気配を感じた。またいつもの事だろうと思った僕らはすぐにそいつを排除しに向かったんだ。
僕らが向かった時、その魔物はただの気配しかないような微弱な存在だった。それは放置していてもすぐに消えるほどの。
でもそんな気体のような存在が門からどんどん湧き出して来て、流石に僕らもその異常さに気付いたんだ。
でも遅過ぎた――。魔物の正体を確かめようとその気体に近付いたマロはすぐにその瘴気に当てられて倒れてしまう。
「マローッ!」
僕が倒れたヤツを何とか回収して救護室に運んだ頃、気体は形のない不定形なものから、徐々に何かの形を形成しようとしていた。そう、その魔物は門を通り抜ける為に自らの体を門が反応しない程度のほぼ無害な気体へと変化させていたんだ。
膨大な量の気体が収縮してやがてひとつの形へと変化していく――やがてその気体は――全長10mの巨大なきゅうりの姿に変わる。
って、ここできゅうりの登場かよっ!
それはテンプレ通りと言えばテンプレ通りの展開だった。きゅうり魔物の姿を見て、僕はこの夢ももうすぐ終わると確信した。立ち向かわずに逃げればどんな展開になるんだろうとも思うんだけど、僕の体はそのきゅうりの元へと向かっていた。
ああっ! 何てこった! この運命にはどうしても逆らえないっ!
「ほう、我に立ち向かう気かひよっこ天使よ」
「きゅ、きゅうり如きに逃げる訳ないだろっ! って言うか早く立ち去ってください。ここはあなたの来る場所じゃないので」
「ほう……職務に忠実だな。だが時間稼ぎかな?」
「な、何をっ?」
僕の目論見はあっさりバレていた。ここで粘ればやがて上級天使が助けに来てくれる。それまで何とか逃げまわっていようって作戦だったんだけど……。どうやらこの門の仕組は魔界でも研究されているらしい。手の内が分かってしまっている以上、これは厳しい戦いになるんだろうな……やばいぞ、これ。
そんな焦っている僕に対し、きゅうり魔物は落ち着いた口調で話しかけて来た。
「お前では私には勝てんよ」
「あの、戦う気はないんですよ……。ただその……帰って頂きたいなーって……」
何だこれ……話していても緊張で汗が流れてくる。ここの仕事は楽な仕事だと思っていたのに……。何で任期の終わる直前にこんな事に……何てついてないんだ……。
余裕のない僕に対して、きゅうり魔物の余裕たっぷりの顔は獲物に対する捕食者のそれだった。
「なら、力づくで追い返してみるんだな」
きゅうり魔物はニヤリと笑うと、そう言っていきなり僕に襲いかかって来た。今の門番の護身用の武器とかって、余り本格的な実戦用には作られていない。そもそも雑魚魔物用にカスタマイズされていて、上級魔物には大して役には立たないんだよね。
それでもこれしかない以上、僕はこの貧相な武装できゅうり魔物に立ち向かうしかなかった。なんてついてないんだ……。
(……ふく、大福、聞こえますか)
こんな大変な時に頭に直接声が聞こえて来た。その聞き覚えのある慈愛に満ちた優しい声は……あの方しかいない!
(その声は天使長? 今大変な事に……)
僕は天使長の声に対し、同じように心で会話を試みる。どうやら心の周波数が合っていれば、どこにいてもこうして会話が出来るらしい。
しかし、こんな緊急時に天使長自らが一体何の話だろう?
(分かっています! 今緊急で大天使達をそちらに向かわせました! 彼らが到着するまでどうにか持ちこたえてください!)
(りょ、了解です! 何とか頑張ってみます!)
天使長様に直々にお願いされたら、ここは頑張るしかない! 何とか助けが来るまでこの場を凌がないと!
とは言ってみたものの……そんな事この僕に出来るのかなぁ~。相手は巨大な魔物だしなぁ~。
「ひえぇぇ~!」
きゅうり魔物の念っぽい遠距離攻撃を僕は何とか紙一重で交わしていく。軽装の僕が出来る事と言えば、その軽い装備を活かして逃げ回る事だけだった。こっちの攻撃なんて大して意味がないだろうから、最初から回避に100%の力を注ぎ込む。
敵の攻撃を右へ左へ……どうだ当たらないだろう! こう見えても逃げるのは結構得意なんだ。
そんな逃げ回っている僕を前にきゅうり魔物は最初こそ目で追って攻撃していたものの、しばらくしてそれを止め、手を前方にかざし始めた。ん? 一体奴は何をする気なんだ?
やがて僕の周りの時間の進みが遅くなってくる。それは空間を凍結する上級魔法だった。逃げ回っている僕もその例外じゃない。空中で必死に逃げるそのポーズのまま僕は空間に完全に固定されてしまった。
「お前は中々元気で生きのいい天使だな……。そのダンス、面白かったぞ」
ああ、最初から僕の回避なんて眼中になかったんだ。そりゃそうか、実力差が有り余ってるもんね。きゅうり魔物は空間凍結で動きの止まっている僕を軽く鷲掴みにした。
えぇと……。かなりピンチなんですけど……。救援の上級天使達はまだ来ないのかな?
「私の好物を教えてやろうか?」
「いえ、遠慮します……」
僕は何だか嫌な予感がして、きゅうり魔物のこの質問への回答を拒否した。勿論それが何の意味も成さない事もちゃんと意識してはいたけれど。
きゅうり魔物はそんな反応を無視して一方的に喋り続ける。
「それは生きのいい若い天使さ」
「ぎゃー! 聞こえない聞こえなーい!」
予想通りの展開に精一杯の抵抗を試みる――無駄だと分かっていながら――。そうしてきゅうり魔物は掴んでいた僕を躊躇なく美味しそうに一口で丸飲みした。この時、ちらっと見えた視界に上級天使たちが飛んで来ているのを確認する。
遅いよ……。かなり遅いよ……。僕もう美味しく頂かれちゃったよ……。
丸飲みなので胃袋に送られるまではそんなに痛くはない……けど逆にその方が精神的にきつかった。これからじわじわと消化されてしまうんだ……。ああ……何て恐ろしいんだ……!
きゅうり魔物の腹に送られる瞬間、僕は不意に天使長の声の正体に気が付いた。あの声は――そうだ! サキちゃんだ。だから聞き覚えのある声をしていたんだなぁ。最後の最後に謎が解けて良かった。
後はもう消化されるだけだよ――もう何も思い残す事はない――悔いのない一生だった。
……ってそんな訳ないよ! 死にたくない! 死にたくないよ! 助けてよ!
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