おきゅうり様謁見

 そんなある日、あゆが飛びきりの笑顔でネコに話しかけてきました。


「ねこさん、お許しが出たよ!」

「にゃっ?」

「おきゅうり様にね、お目通りが叶うの!」


 それは突然の報告でした。ネコの長年の実績が認められ、おきゅうり様に謁見出来る事となったのです。この報告があまりにも突然過ぎたので、ネコは彼女の言葉をすぐには理解する事が出来ないくらいでした。


「ほーん、そうなのにゃ」

「あれ? 嬉しくない?」

「嬉しい……どうしてにゃ?」

「だってそのためにこの村に来たんでしょ?」

「……にゃっ! そうだったにゃ!」


 ようやく事態を飲み込めたネコは改めてびっくりしました。ついに願いが叶う時が来たのです!

 でもこの時、ネコは願いの事などどうでもよくなっていました。なのでどうしたもんだろうと悩んでしまいます。


「おきゅうり様に会うのはもういつでもいいって! いつ行く?」

「突然言われてもちょっと困るにゃ……。心の準備が出来た時にするにゃ」

「そか! じゃあその準備が出来たら言ってね! 案内するから!」


 おきゅうり様が祀られている場所は秘密になっています。その場所を知っているのは極一部の関係者だけ。両親が御役目役のあゆもその関係者のひとりです。


「どうしようかにゃあ……」


 ネコは空を見上げてため息を付きました。


 おきゅうり様が叶えてくれる願いはひとつだけ。どんな願いも叶えてくれるから願わないと損な気はするし、でも今更昔の願いは違う気もするし――。色々考えがぐるぐる回りながらネコはその日を終えました。


「よし、決めたにゃ!」

「お願い事は決まったの?」


 ネコが決意を新たにしていると、そこにあゆが声をかけてきました。これはいいタイミングだと思い、ネコは彼女に答えます。


「おきゅうり様には会うけど、願いはまた今度にするにゃ!」

「そっか……。それもいいかもね」


 ネコの返事を聞いて、あゆは軽く微笑みます。その笑顔はホッとしたような、安心したような、そんな顔でした。


「じゃあ、いつ会う? 今から?」

「うーん、取り敢えず今の仕事が落ち着いてからにするにゃ」

「分かった!」


 どうやらあゆは物事を急かすような性分があるみたいです。

 けれどネコは意外と真面目で慎重派でした。任された仕事は全うする、いいネコなんです。

 そうして自分の仕事の段取りが着いた後、改めてネコの方からあゆに言いました。


「それじゃあ、おきゅうり様に会う話を進めて欲しいにゃ」

「うん、じゃあ今から行こっか」


 そんな流れであまりにあっけなく、あまりに軽く、ネコのおきゅうり様謁見は決まります。こうしてすぐにネコはあゆに連れられて、おきゅうり様が祀られている神殿へと向かいました。


 神殿へと向かう道中、周りの景色が不思議に歪むのをネコは感じます。きっと普通に探してもその場所に辿りつけないのは、そう言う不思議な力がおきゅうり様を守っているからなのだろうとネコは考えました。

 いつの間にか目の前には不思議な霧が立ちこめてきて、どれだけ歩いても道の先が見えません。一体どれだけ歩くのか流石のネコも少し不安になってきました。


「大丈夫だよ、もうすぐ着くから」


 ネコの不安を拭うようにあゆがそう言うと、本当に目の前に何か建物が見えてきました。その建物はまるで大きな神宮の立派なお宮のようです。


「うわ……これはすごいにゃ……」


 建物が見えたかと思うと次第に霧は晴れていき、今歩いているのが長い参道だという事に気付きました。いつの間にこんな所を歩いていたのか、ネコには全く実感がありません。

 そもそも村の規模から言って、こんな立派な神社があるなら必ずどこかで目にしていたはずです。つまりここは村の中であって村の中でない不思議な場所――とても特別な場所なんだなとネコは思いました。


「ここからはねこさん1人で行ってね。大丈夫、何も怖くないから」

「えっ? ……分かったにゃ。案内有難うにゃ」


 おきゅうり様が祀られている社殿の前まで案内してくれたあゆは、社殿の手前でネコにそう言います。どうやら2人でおきゅうり様に会う事は出来ないみたいでした。

 あゆと一緒におきゅうり様に謁見出来ると思っていたネコは、ここで少し戸惑ってしまいます。

 それでも気を取り直して、自分は大丈夫と言う体でネコは彼女に声をかけました。


「じゃあ、行ってくるにゃ」


 案内役のあゆに見送られながら、ネコは社殿へと向かいます。一歩ずつ足を進めながら、ネコは緊張で胸が爆発しそうになっていました。


 ネコは恐る恐る社殿の階段を上がりきり、ついに神殿の中に足を踏み入れます。そこで目に飛び込んできたのは神社の祭壇でお馴染みの祭式具の一式と、正面にドーンと奉られた、見た目は普通なのにとても威厳に満ちた、まさにおきゅうり様と呼ぶに相応しい神々しい雰囲気で鎮座しているきゅうりでした。


 念願のおきゅうり様との初対面にネコはとても感動します。その見た目はただのきゅうりにしか見えないはずなのに、とてもそんな風には見えません。

 偉大な神様がそこに降臨しているかのような、そんなおきゅうり様の雰囲気に圧倒されて、ネコはしばらく微動だに出来ませんでした。


「うむ。皆から話は聞いておる。楽にせよ」


 ネコがその重圧に動けないでいると、何処かから声が聞こえてきました。

 しかし周りには誰の気配もありません。ネコはすぐにこの声はおきゅうり様からの声だと気付きました。


「猫よ、よく我の前に姿を表すほどに精進したな。御苦労であった」


 その声はとても気高く澄んだ声で、この言葉を聞くだけで有り難いと思えるほどでした。そして自分のような者が、こんな高貴な存在と気軽に話をしてして良いのだろうかとネコは考えてしまいます。

 けれど、おきゅうり様直々に苦労を労ってもらった事で、ネコの緊張は次第に解きほぐれていきました。


「そなたの願いは分かっておる。が、そなたの口から発しないと叶えられぬのじゃ……」

「あの……それにゃのですが……」


 どうやらおきゅうり様は自分自身で勝手に願いを叶える事は出来なくて、飽くまでも依頼者が自分の口で願わないとその願いは叶えられないようです。そのおきゅうり様の言葉を聞いたネコは、正直に今の自分の気持ちを話す事にしました。


「実はまだおきゅうり様に願う願いはありませんのにゃ……」

「ほう、それなのに我に会いに来たと申すのか?」

「それは! お礼に来たのでございますにゃ! こんな素晴らしい村に導いてくださり感謝していますのにゃ」

「それは良い心がけじゃが……」


 願いはないと話すネコに、おきゅうり様は少し戸惑っていました。何でも願いを叶えるおきゅうり様、ネコの願いも勿論お見通しです。

 けれどネコはその願いはするつもりはないと言う――それどころか、ただお礼を言うために参上したのだと――。今までにも願いを言わない来訪者はいましたが、お礼を言う為だけにおきゅうり様の前に現れたのはこのネコが初めてでした。


 それもあって、おきゅうり様は正面にいるネコにとても興味を抱きます。


「なので、あの……今日はこれまでですが……また何か願いを思い抱いた時、その時にまたここに来ても宜しいでしょうかにゃ」

「構わぬぞ、いつでも来るが良い」

「お答え下さり有難うですにゃ……。それでは失礼致しますにゃ」


 こうしてネコとおきゅうり様との初めての謁見は終わります。ネコが社殿を出ると、あゆがニコニコした顔をして待ってくれていました。


「おきゅうり様、素晴らしかったでしょう!」


 あゆはネコの姿を確認するとそう言って話しかけてきます。ネコの方も彼女の顔を見て、さっきまでの緊張がすうっと抜けるのを感じました。


「うん、すごく緊張したにゃ……」

「あはは! 最初はそうだよね! 私もそうだった!」


 おきゅうり様と言う共通の話題で2人は笑い合います。そうしてそれからしばらくおきゅうり様談義に花が咲きました。


「あゆはおきゅうり様とよく話すのかにゃ?」

「そんなに頻繁じゃないけど、お祭りの日とか決まり事を決める時とか……」

「あゆはいい子だからいつも褒められているんだろうにゃ」

「あはは! おきゅうり様はいつもみんなを褒めてくださるよ!」

「流石おきゅうり様にゃ!」


 行きの時は不安でいっぱいでしたが、帰りは2人共リラックスモードです。帰り道もまた長い道のりを歩く事に変わりはなかったのですが、何だか足取りまで軽く感じていました。道中のあゆとネコの会話も弾みに弾みます。

 話の流れで、ネコは彼女に前から思っていた事を聞いてみました。


「そう言えばあゆはこの村から出た事ないんだにゃ?」

「そうだよ、前にも言ったけど……」

「なら、ボクが村の外を案内してあげようかにゃ? この村も素晴らしいけど、村の外にもいい所はたくさんあるんにゃよ」

「えっ? それは嬉しいけど……」


 ネコの提案に喜ぶあゆでしたが、何やら少し様子がおかしいみたいです。彼女は一瞬喜んだ顔をしたものの、すぐにその表情は曇ってしまいました。


「どうしたのにゃ?」

「村の御役目役の一族は村から出られないの……。そう昔から決まっているの」

「そんにゃ……どうしてにゃ!」


 古くからある村と言うのは、色んな他人から分からないしきたりがあったりするものです。この村でもそんな色んなしきたりがあって、村で暮らす内にネコも段々と学んでいったのですが、御役目役一族が村から出られないって言うのはこの時に初めて知りました。

 話を聞いて動揺しているネコの顔を見て、あゆは静かに語り始めました。


「……そうね、ねこさんにも話してあげる。この村の成り立ちの話……」

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