この村の真実
それでも一応は……と思いこちらからも質問を投げかけます。
「良かったら君の事も教えてくれないかにゃ?」
「あ、そうだね。私もまだ何も言ってなかった」
ネコの質問を受けてそう言って女の子は笑いました。それから女の子は自分の事を説明してくれます。さっきネコが話したように自己紹介から今の生活の事まで――。
そうして村の掟もサラッと教えてくれました。
「私の名前はあゆ、12よ。えっと、それから……」
女の子の名前はあゆと言うそうです。年齢は今年で12歳。この村で産まれ、この村で育った、この村の事しか知らない女の子。両親はこの村で仕事をしているけれど、ある事情で今は家を開けているのだとか。
この村はおきゅうり様を祀っていて、おきゅうり様も村の人々の為に願いを叶えます。
ただし、おきゅうり様に叶えてもらえるお願いはひとつだけ。
これは願いを叶える度にかなり疲弊するおきゅうり様の姿を見て、願いを沢山叶えてもらうのは申し訳ないと、村人達からの申し出でそうなったのだとか。
村人達とおきゅうり様との絆の深さをよく表しているエピソードですね。
そんな訳で、おきゅうり様を大事にしている村なので、余所者が願いを叶えようとやって来るのはあまり村人達は快く思っていませんでした。願いを求める者があればどんな人の願いも叶えようとしてくれるおきゅうり様ですから、村人の方で入ってくる人を制限しようと考えるようになるのは自然な流れです。
村の入口の結界も、願いを悪用する人が出ないようにとの考えからおきゅうり様を想う村人達の願いで張られたものでした。
「……それで村に入ってくる事が出来ても、すぐにはおきゅうり様には会えないの」
「どうしてにゃ?」
「まずは村の御役目の人に認められないと……。それで認められて初めておきゅうり様に会えるの」
「なるほどにゃ……。簡単には行かないんにゃね」
「それで一番大事なのはね……」
この後、女の子はネコにとても衝撃的な一言を告げました。それはこの村が何故今まで余り大きな話題にもならなかったのかの、その答えのような気がします。
「おきゅうり様が願いを叶えられるのはこの村の中だけなの」
「にゃっ?」
「村から出たら元に戻っちゃうんだって……」
どれだけ願いが叶ってもこの村から出てしまうと効力を失うなら、それを外で誰かに伝えても信用はされないでしょう。それを話す人が願いが叶ったと言っても、その人はこの村を出た時点で元に戻っているのですから。
それで噂だけが広がって、話に尾ひれがついて、いつしか誰も信じない与太話になったのだと。
「もしかしたら、それも村の存在を知られないように誰かがおきゅうり様に願ったからなのかもにゃ」
「あっ、そうかも! ねこさんえらい!」
ネコの推理を聞いてあゆは関心していました。きっと村の中しか知らないあゆだからこそ、そう言う考えに至らなかったのでしょう。
ネコはあゆの話を聞きながら話を整理していきました。
・おきゅうり様には確かに願いを叶える力がある。
・ただし叶えてくれる願いはひとつだけ。
・しかもその効力はこの村の中限定。
・そしてそのおきゅうり様にも村の御役目の人に認められないと会う事は出来ない。
(じゃあ、あのおじさんの弟さんがきゅうりにされたのって……)
考えをまとめている中で、ネコはどうしてもその事が引っかかってしまいます。
なので疑問を解決する為にそれとなくあゆに聞いてみる事にしました。
「願いを叶えてもらった村の外から来た人がきゅうりにされた事って、聞いた事があるにゃ?」
「えっ? そんなの初耳だよっ!」
どうやらあゆは人がきゅうりにされると言う話は聞いた事がないようでした。
ただ、あゆがまだ子供なのでそう言う事は知らさないようにしているのかも……とネコは想像します。
「ねこさんはどうするの?」
「にゃっ?」
自分の事や村の事を話し終わったあゆは、少し真剣な顔になってネコに問いかけました。ここで突然雰囲気の変わったあゆに、ネコはドキッとしてしまいます。
「だって願いはこの村の中でしか叶わないのよ。がっかりしちゃったでしょ……」
「……確かに……それはびっくりしたにゃ……」
「それでも、おきゅうり様に会いたい?」
あゆのこの質問にネコは考え込んでしまいました。確かに村の中でしか願いが叶わないなら村から、出た時点で自分の行動は無駄になります。
けれど折角長い旅を経てここまで来たのです。今までの努力も無駄にしたくはありませんでした。
「うん、折角村に入れてもらえたのにゃ……せめて挨拶くらいはしたいのにゃ」
「そっか、分かった」
ネコの返事を聞いて、あゆはまた無邪気な子供らしい笑顔で笑います。その笑顔を見てネコもニコっと笑いました。
「じゃあ、まずはこの村に馴染まないとね!」
それからネコは村に馴染もうと、あゆの案内で他の村の人達に挨拶をしに行きます。桃源郷のような村ですので、住人のみんなはとても温厚で優しく余所者のネコを暖かく迎え入れてくれました。
これは村の御役目役の娘である、あゆの紹介と言うところも大きかったのでしょう。
そう、何とあゆの両親は村の御役目役なのです。この仕事は村の大事な決まり事を決めたり、村に出入りする人をチェックしたり、おきゅうり様に願いを取り次いだり……。とにかくこの村でもかなり偉い人なんです。
今あゆがひとりで暮らしているのも、両親がこの仕事をしているためなのでした。
2人で挨拶回りをしていると、村のおばさんがネコに聞いてきました。
「じゃあ、しばらくはあゆちゃんのところで暮らすのかい?」
「来たばかりなのでそうなりますにゃ」
ネコは笑顔でそう答えます。
「そうかい、あゆちゃんをしっかり支えてあげておくれ」
ネコの答えを聞いたおばさんはそう言って笑いました。
ネコがおきゅうり様に願いを聞いてもらうために村に入った事は、すぐに村中に知れ渡りました。
けれどみんなそれを普通の事として受け入れています。何故なら、この村の住人の半分くらいは元々おきゅうり様に願いを叶えてもらうために村の外からやって来た人か、もしくはその子孫だからです。
村から出ると願いは消える――そうなるとずっと村にいようって言う話にもなりますよね。それと、この村がとても過ごしやすくて気に入ったからと言うのも、きっと大きいのでしょう。
ネコはあゆの生活のサポートと言う事で、自分の立ち位置を確立します。穏やかに過ぎる村の時間の中で、いつしかネコは新しい生活に精を出すようになっていました。
それはともすれば自分の願いすら忘れてしまいそうになるほどです。
考えてみれば、何かの分野で一番になるのが夢だなんてなんて馬鹿げているんだろう。ネコと同じように大きな野望を持って村に入ったけれど、村の生活に馴染んで願いを忘れた人も村人の中には結構多いのだそうです。
この村に入れば、みんな性格が穏やかになってしまうものなのかも知れません。
じゃあ何故この村の事を話してくれたあのおじさんの弟さんは――。もしかしたら何か複雑な事情があったのかも知れません。
人は人の数だけ様々な事情があります。きっとその人にしか分からない、何か特別な事情があったんだろうなとネコは思いました。
やがて、ネコがこの村に入って3年の月日が経ちました。もうすっかり村に馴染んだネコは、村人みんなが知る存在です。ネコの方も大体の村人達の事は把握出来るようになっていました。
村の人口もそんなに多くなく、それにみんな温厚ですので、もうネコと会話した事のない住人はいないくらいです。
ネコの方も、村での生活を続けている内に、もうずっとこの村に住んでいてもいいかなと思うようになっていました。
実際、ネコは外の世界に待っている人がいる訳でもなく、それまでは孤独の中を生きて来たのです。ネコはこの村に来た事で人の温もりを強く感じるようになっていました。
(ずうっとこんな日々が続くといいのにゃ……)
ネコは今日の自分の仕事の季節の野菜を収穫しながらそう思うのでした。
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