村の掟

 どうやら御役目役の一族が村から出られないのは、この村が始まった時に遡るほど根の深い話のようです。語り始めたあゆの話をネコはただ静かに聞くばかりでした。


「それは神様がこの地に降り立った事から始まるの……」


 まだこの村がただの森だった頃――。一柱の神様がこの地に降り立ちました。その神様は地上での身体がなかったので、そこに偶然あったきゅうりに天降りました。


「それが……おきゅうり様にゃ?」

「うん、それからおきゅうり様は人を集めて村を作ろうと思ったの」


 おきゅうり様は自分の声が聞こえる人々に対して声をかけました。願いを叶えて欲しい人は何でも叶えるからここに来て欲しいと。

 霊能のある人なら、かなり遠くの土地からでもその声は聞こえたと言う話です。


「それで人々は集まったんだけど、おきゅうり様は願いを叶える代わりに条件をひとつだけつけたの」

「それが村から出てはいけないって言う決まりにゃ?」

「うん、正確には約束なんだ」


 折角村を作っても、すぐに人が離れてしまえばここはまた普通の森に戻ってしまいます。それでおきゅうり様は願うを叶える代わりに、ここに留まって欲しいって集まった人々にお願いをしました。

 みんなはおきゅうり様と約束をして、そこからこの村の歴史は始まったのです。


「でも安心して、村を出られないのは私達最初におきゅうり様の元に集まったその一族だけだから」

「だからあゆは村の外に興味津々なんにゃね」

「うん、だからねこさんの話はとても面白かったよ!」


 村の歴史を一通り話し終えたあゆは、すっきりした顔になっていました。それは昔から続く村の掟をあゆもしっかり疑いなく受け継いでいる、そんな顔でした。

 そんなあゆの話を聞いて、ネコはすっかり考え込んでしまいます。それでついはずみであゆに質問してしまいました。


「もし村から出てはいけないって約束を破ったらどうなるにゃ?」

「これは最近知ったんだけど、約束を破ったらその人はきゅうりにされてしまうって話みたい……」

「きゅうり!」


 人がきゅうりにされてしまうと聞いたネコは、また前の話を思い出しました。やっぱりあの話は本当なのかもとネコは思い返します。


「でも実際にこの村から出た一族の人はまだいないから、確かめようもないんだけどね」


 その後に話の補足をするようにあゆは言いましたが、動揺したネコにはその話が耳に入っていないみたいでした。


 色んな話をしている内に、2人は村に戻ってきていました。とりあえず二人はここで別れて、それぞれまた自分の仕事の持ち場に戻ります。そうしてまた平穏な日々が続きました。



 それからまた2年程経ったある日、あゆは正式に両親に続いて御役目の仕事につく事になりました。御役目の仕事と言ってもまだ見習いのような段階なのですが。

 この仕事をすると言う事は、村の様々な事も知らなくてはなりません。覚える事が多くて大変だと言って、あゆは部屋にこもる事が多くなりました。

 ネコの仕事はあゆのサポートなので、今度の仕事はそんなあゆの世話をする事となりました。


「勉強は捗ってるかにゃ?」


 ネコは勉強中のあゆに夜食を作って持ってきました。その様子を見たあゆは、うふふっと笑います。


「どうしたのにゃ?」


 あゆのリアクションがピンとこなくてネコはあゆに尋ねました。


「ごめん、何だかねこさんが初めて家に来た日の事を思い出しちゃって」

「ふにゃっ!」

「まるっきり立場が逆になっちゃったね」


 あゆはそう言って笑います。 それからネコの作ったおにぎりを頬張り始めました。


「頂きます。……うん、おにぎり美味しい。有難う」

「でもあゆはえらいにゃ。ボクなんて食べたらすぐ寝ちゃってたにゃ……」


 あゆの言葉に対してネコはそう言って笑います。ネコがちらっと覗くと、あゆは何やら分厚い本を広げていました。


「今はどんな勉強をしているのにゃ?」


 ネコはあゆの勉強の事が気になって声をかけます。


「えっと、今はこの村で起こった主な事件について、かな。これから何か起こった時に、過去の事件を参考にするための勉強」

「そうなのにゃ、大変そうだにゃあ……」


「この村は平和だから、事件もそんなに多くなくて大変って言うほどでもないよ」


 どう見ても結構大変そうな勉強なのにあゆはそう言って笑います。きっと彼女はこの仕事が向いているんだろうなとネコは思いました。


「そうだ、前にネコさんが言っていた事件、この本に載っていたの」

「にゃっ?」


 ネコはあゆに急に話を振られてドキッとします。前に言っていた事件って、きゅうりにされたあのおじさんの弟さん事件の事かなとネコは思いました。

 って言うか、それ以外にネコに心当たりはありません。


「この村が生まれて1、2を争うほどの大事件だったみたいだね」

「その頃あゆはまだ産まれていなかったにゃ?」

「産まれてはいたけど……子供の頃過ぎて覚えてなかったみたい」


 身近でどんな大事件が起こったとしても、それが幼過ぎたら覚えていなくても仕方がありません。

 あのおじさんの弟さんがきゅうりにされたのは、おじさんの話からすると当時で10年も前だったと言う話です。その頃のあゆは2歳位……? 

 大きな事件は大人が子供を守って知らせない事もあるし、だから知らなくてもおかしくはないなとネコは思いました。


「そうなのにゃ……それでどんな風に書かれてあるのにゃ?」

「興味ある?」

「そこまで言われたら知りたくなるに決まってるにゃ!」

「あはは、分かった! じゃあよく聞いてね」


 あゆはネコの反応にいたずらっぽく笑いながら答えると、それから静かに語り始めました。ネコはゴクリとつばを飲み込んで、黙って彼女の話を聞きました。


 その男の名前は吾作、彼はこの村に入って願いを叶える事を望みましたが、心根があまり良くなく、村に入る事を許されませんでした。その後、何度も村に入ろうと挑戦しましたが、何度願っても彼のその願いは受け入れられません。

 そんな吾作が何度目かのお願いに村に向かっていた時、彼は誤って足を滑らせて頭を強く打ってしまいます。


「それは大変にゃ!」

「だと思うでしょ? でも吾作は意外にピンピンしていたの……。自分の記憶を除いてね」

「ふにゃっ?」

「その時の怪我が原因で吾作は記憶喪失になってしまって……。でも逆にそれが良かったの」

「どう言う事にゃ?」

「今からその続きを話すね……」


 記憶喪失になった吾作は、村の入口で助けてくれって叫びました。記憶喪失になって性格が無垢になった吾作は、そのおかげで村に入る事を許されました。


 村に入る事が出来た吾作は少しずつ村に溶け込み始め、5年も経った頃にはすっかり村に馴染んでいました。

 やがてそんな吾作におきゅうり様に会う資格が与えられます。記憶を失ったままの吾作の願いは勿論記憶を取り戻す事。


 村の重鎮の中には吾作の記憶が戻るのを危惧する者もいましたが、5年間吾作は村で実績を積み上げて来ていたので会議の結果、願いに何の制限をつけずにおきゅうり様に願いを叶えてもらってもいいと言う事になりました。


「もしかして、それで事件が起こったのにゃ?」

「そう……。願いが叶って記憶を取り戻した吾作は暴れに暴れたの」

「にゃっ! 何でにゃ?」

「叶えられる願いはひとつしかないから……。記憶を取り戻すのに願いを使ってしまったからもう願いは叶えられないの」

「そっか……。記憶を取り戻して性格が乱暴に戻っちゃったら……」


 吾作はもう願いが叶えられないと気付くと、自暴自棄になって村の物を力まかせに壊し始めました。村人は長い間の平和に慣れてしまっていて、最初は暴れる吾作に全く手がつけられません。

 それでも最後は村の大人の全員が力を合わせる事で、何とか暴れる吾作を取り押さえたのだそうです。


 捕らえられた吾作はその後村を追放される事になったのですが、その時吾作にひとつだけ約束をさせました。

 それはこの村の事を一切喋らない事。吾作はこの条件を渋々承知しました。


「吾作さんは自分の村に帰ったんじゃなくて、この村を追放されたのかにゃ……」

「そう言う事だね」


 ここまで話を聞いて、ネコはある事に気付きます。その事に気付いたネコは思わす大声で叫んでしまいました。


「え? でもちょっと待つにゃ! 記憶を取り戻したのが願いだったって事にゃから……」

「ねこさん鋭い! そう、村を追放された吾作はまた記憶喪失に逆戻り」


 ネコの勘の鋭さにあゆも関心しました。その後もネコの推理は続きます。


「それでその後何とか自分の村に戻ってお兄さんと再会して、その世話になっていたって事なのかにゃ……」

「記憶をなくしたと言う事は、村でした約束も忘れたって事。でも記憶はたまにふとした事で蘇る事もある……」


 ネコが推理を披露したので、今度はあゆも推理を始めます。2人の推理が咬み合って段々真相が見えて来ました。


「ふとしたはずみで村の記憶が蘇って、それをお兄さんに話してしまったにゃ?」

「きっとそうだと思う。約束を破ったからその罰を吾作は受けたのよ」

「にゃんと……全てが繋がったのにゃ……」


 しかし、この村の罰がその体をきゅうりに変えられてしまう事だったなんて――もし自分がそうなったら――。ネコはその時の自分の姿を想像をして背筋が震えます。


「罪を犯した罰は村の外に出ても有効なのかにゃ……。この村で悪い事は出来ないにゃね……」


 ネコは思わずつぶやいていました。


「大丈夫よ! だってねこさんはいいねこだもの♪」


 このつぶやきを聞いたあゆはそう言ってネコを慰めます。その彼女の屈託のない笑顔を見て、ネコは信頼されているなと感じました。

 そしてこれからもそんなあゆを悲しませる事だけはしないようにしようと、ネコは強く心に誓います。

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