第50話 こころの物語

誌上初ダブル原作と称され、大ちゃんとの共同作品『こころの物語』の連載と、郡司さんが連れてきた新人、武昇平との共同作品『笑顔の為に』という読み切りが掲載される。


ネットで話題のドリーマーズラウンジから、堂々デビュー!


次々と作家を輩出するカフェの秘密とは! 経営者の梅田敏之さんに突撃取材!


ブームの火付け役、脇野勝利の先見力!


様々な見出しで取り上げられストームのように周囲を巻き込んで行く。機内食の時間はなさそうだ。


まるでお祭りのようで、時を同じくして発売された浦田さんの小説まで注目されると、雑誌のインタビューで浦田さんが「ライバルじゃ無いですけど、こころくんには負けたくないですねえ」とコメントし、これは面白いとメディアが食い付き対談や企画が組まれ、恩師である金内先生や溝口先生にまで波及する。


岡山県では聖地巡礼の為に観光客が倍増、アニメ化、映画化の話しが決まり日本を代表する作品になる。


なんて未来が訪れると期待していたけれど、いくらなんでも出来すぎだ。現実は大ちゃんとの連載が決まったものの、なかなか人気がでなかった。


大ちゃんと連載を続けながら、武昇平と一緒に郡司さんが納得する新作に取り組み、『こころの物語』を少しでも良い作品に仕上げ、じわじわ売上げを伸ばす毎日だ。地道にコツコツ前に進んでいくしかない。


やることもやれることも変わらない書くだけだ。


「浦田さんの行列のできる占い師どうする? 浦田さんに許可貰ったのか?」


大ちゃんがネームを描きながら、えんぴつの先を俺に向けてくる。えんぴつの先で人を指すのは止めろと言ったばかりなのに。


おそらくさっきは尖った方で、今回は逆向きだから良いだろうってつもりだ。別に俺は先端恐怖症じゃないし、そういう意味じゃなかったんだが。


「貰った。絵柄変えて描けるか? ちゃんと別の人の作品みたいにしなきゃダメだぞ」


俺はノートパソコンのキーボードを叩きながら言った。シャーペンよりえんぴつの方が漫画家らしいだろ? という主張の大ちゃんに対抗して、貰った原稿料で最初に買った物だ。


俺の言葉に大ちゃんが口を尖らす。


「わかってるよ、でも漫画の絵にする必要あるか? 本来文字だけの作品だろ」


気付けば一人暮らしの大ちゃんの家に入り浸っていた。作業も捗るし何よりドリーマーズラウンジが近い。


ドリーマーズラウンジのバイトは続けていた。同じ夢を追う仲間に会うと刺激になるし、ウメさんのアドバイスも聞ける。


「描けた方がいいだろ、勉強になるし大ちゃんの絵の幅も広がる。何よりその方が面白い」


製作を続けているうちに表現力が高まっていく、その仮定すらもエンターテイメントだ。最初から完成されていて変化しないものより、回を重ねるごとに成長が見えるのも面白いと考えた。


「ところでさ……この『こころの物語』、なんでセリフの前に名前が無いの? こころの作品の特徴じゃなかったっけ?」


「それはね、世間の常識に屈したからだよ」


「弱いなー」


「弱いよ。でも強がるほどは弱くない」


ドリーマーズラウンジで執筆するときもある。俺は同じ場所で書くよりも、気分を変える為に歩いたり、書く環境に緩急をつけた方がアイディアが出ると知ったからだ。


「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。ダメになりそうなとき、それが一番大事らしいぞ」


「へー、そんな名曲みたいなセリフ初めて聞いたわー。それは大ちゃんがやれ」


「なんで俺よ、じゃあこころは?」


「俺はアレよ、周囲の人間にそれをやらせる役よ。主人公が活躍する物語なんていっぱいあるじゃん、主人公がみんなを活躍させる物語があってもいい」


「確かに、でももうあるかもな」


「あるかもなあ、やったもん勝ちの世の中だしな。あっても知らないから別になに言われようと知らないけどな」


読みたい作品に出会える事は幸せなことだ。でもそうそう出会えるものじゃないから、自分で書いた方が早い。


「あとで後悔するぞー?」


「じゃあいまは後悔しなくていいだろ、そんとき後悔して嘆くわ」


「嘆かないように生きるんじゃねーの?」


「バカだな、嘆きがあるから良いんじゃねーか」


乗り越えたときの喜びがあるから希望を持って頑張れる。俺はノートパソコンを閉じると大ちゃんの原稿からペン入れが済んでいるものを適当に見繕うと、下書きを丁寧に消ゴムで消す作業に入った。


「あれ? いま気付いたけど、これ各話のタイトルほとんどが入ってる?」


「ほとんどっていうか全部だよ。浦田さんの作品とかは入ってないけど。ってか気付くの遅くね?」


「マジか!」


思う存分作品に向き合える環境を与えられ、毎日が充実していた。


少しでも長く、こんな日常が続けばと願う。


「やばい! こころ、このシーンのコイツどんな表情してんのか分かんねぇ」


「こんな顔?」


俺は精一杯の表現を顔面に出す。


「なるほど無表情か」


「ふざけんな、呆れて何も言えない顔からの親友の気持ちに対する喜びと占い師に対する怒りが混在した表情だろ」


「俺はいま浦田さんが憎い」


「頑張れ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こころの物語 藍月隼人 @bluemoon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ