第49話 悲しい未来
「こころくん、どうだった?」
「ウメさんごめん時間がないから後で!」
片付けをしているウメさんの横を通り抜け、自分の荷物を乱暴に掴むと急いで大ちゃんに連絡した。
「大ちゃん、今から会えるか?」
「おー、こころ。今な、家で連載用のネーム考えてたとこ。どうした?」
「ちょっと今からいくわ」
1度自分の自宅に寄り、48話まで書き上げたプライマリーストーリーの原稿をひっつかみ、大ちゃんの家を目指す。
っとその前に、もう1本電話をしなきゃ。
俺は自転車にまたがりながらスマホを取り出す。
家族には申し訳ないが、誰よりも最初に伝えたい人がいる。
「もしもし、冬子さん、俺の作品が原作で漫画連載が決ま……ってはいないけどスカウトされたんだ……あれ? ごめんまだわかんない」
「こころくん落ち着いて、何言ってるかわからないよ」
浮かれすぎてやらかした。まだ早かった。
俺は事情を説明して謝罪すると、それでも冬子さんは凄いと喜んでくれた。
「スゴイよこころくん、じゃあ会議に通ったら連載開始なんだ!」
「ごめん、もっと正式に決まってから言うべきだったのに、まっさきに伝えたくてフライングした」
「何言ってるの? っていうかこころくん連絡しなさすぎだからね、あんまり寂しい思いさせないでよ」
「え!? ええ!?」
「ウソウソ冗談、頑張ってね! 決まったらまた教えて」
通話を終えた俺のにやけ面は誰にも見せられない。
俺はいま、無敵だ。
全ての歯車が噛み合って大きなうねりが俺を押し上げているようだった。身体が熱くなり空を飛んでいるような感覚に襲われる。
道路や、車や人々が小さく見え、太陽が燦々と輝き、春の訪れを運ぶ風が、つくしを揺らした。
眼前にはひしゃげた自転車がある。
土の匂いがする。
草花が揺らめき俺の頬をくすぐった。
「おやおや、ダメですよ、急に飛び出してきちゃ」
聞き覚えのある声がした。
「車は急に止まれない。わかりますか?」
大賀の声だ。
「ダメダメダメダメ! 全然面白くねーよ!」
大ちゃんがプライマリーストーリーの49話に恨みを込めてダメ出しする。
「まあ俺も本意じゃないけどさ、どうしても最後が書けないんだよ」
プライマリーストーリーは、俺が大ちゃんに再会してから今までの事を書いた作品だった。
「だからって前触れもなく大賀の車にはねられんじゃねーよ! いいじゃねーか、すんなりハッピーエンドで」
大ちゃんに俺が郡司さんと会って原作を書くことになった経緯を説明した後、大ちゃんが描いていたネームを見せてもらって俺は驚いた。
大ちゃんの連載用漫画のタイトルは「こころの物語」で、俺が主人公のほぼノンフィクション作品。
「だって大賀はあれっきり出番無いじゃん」
「知らねーよ、満足したんじゃねーの? ウメさんから店を奪ってよ!」
俺になんの断りもなく俺と同じ題材で描こうとしてたなんて、まったくもって本当に度しがたい。
「俺たちと契約した方が儲かったかもな」
「じゃあそれで悔しがってハンカチ噛んでりゃいいさ」
ついさっき、俺と組んでくれってお願いした時の下唇を噛んで泣きそうになってた大ちゃんとは思えないほど強気な態度をしていた。
大ちゃんの描いた『こころの物語』は、ウメさんの店に現れた大賀を主人公である俺がボッコボコにやっつける強引な展開があったので、内容はプライマリーストーリーを軸に仕上げていく事になった。
俺の作品は、敵を倒してスカッとするわけでもない、事件をまるっと解決もしない。色んなタイプのヒロインからモテたりしないし、甲子園にも行かない。
ただ、懸命に足掻いた結果がある。それでも夢を諦めなかったからここにいる。
「派手なバトル漫画は俺の画力じゃ無理だし可愛いヒロインも描けない」
「じゃあ何が描けんだよ、まさか『夢』とか言わねーよな」
「……。」
「オーケー、それ書いとくわ。恥じろ!」
いつものように、くだらない雑談から話の種を育てていく。これが俺たちのやり方だ。大切なのは楽しめるかどうか。
「なあ、こころ」
「ん?」
「この俺たちの作品が出来上がったら、こころは、他の奴と組む物語作るだろ?」
「作るけど、これはあくまでベースだから編集さんの指摘次第で変更するんだぞ? なんだ別れみたいな言い方して」
「手ぇ抜くなよ、俺は俺で全力でこころの原作から魅力を引っこ抜いて仕上げてやるからよ」
まったく……49話を格好良く終わらせようとしやがって……
大ちゃんが、この原作をどう漫画にするのか、楽しみだ。漫画化するには難しくしてやろうか、そんな考えが頭をよぎる。
例えば俺が意味もなく、見たこともない天国や地獄に住む、想像を絶する美女や目を合わせただけで少年がチビるような化物を思い描いたりしたらどうだろう。
俺の作品の魅力とは関係無さそうだし、俺の作品の魅力とやらも、自分だってわかっちゃいない。
でもまだだ、まだ終わりじゃない。次も、その次も、その次もまだ目的地じゃない。
生きている限り、次の作品を生み出していきたいのだから。
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