第48話 恐ろしいほどウマイ話
郡司さんが図星を突かれて紅茶をぶちまけても困るので、カップをソーサラーに戻したタイミングで俺は聞いた。
「大、不知火大輔に言われて来たんですか?」
「不知火大輔……? ああ、今度うちで連載が決まったあの。彼がどうかしましたか?」
俺の推測は図星ではなく杞憂に終わった。大ちゃんに対してあまり印象が無いのか、とっさに誰かわからなかったようだ。
「不知火先生に作画をお願いしたいってことですか? うーん……正直、あまり絵の上手い方では無いですよね、出来れば作画の方はコチラで選定させて頂きたいですね」
どうやら本当に大ちゃんの差し金では無いらしい、郡司さんは俺が大ちゃんと組むことに否定的だった。
っていうかこれはなんだ? スカウト?
「えっと、漫画原作をやらせてもらえるって事ですか?」
「あいや、これはすみません。きちんと説明してなかったですね、あくまでも会議に出して通ればです。本日伺ったのは、上からの指示ではなくて個人的なものでして」
「個人的なものと言うと?」
「平たく言えば出世のために有望な人材を発掘しているってところでしょうか」
スカウトだ。使えそうな人材だと評価したって事。
でも喜んでちゃダメだ。落ち着け、まだ何も成していない。俺が有望な人材かどうかは、まだわからないはずだ。ここで浮かれたら相手の思うツボだ。
「すいません、ずっと不知火大輔くんから原作を頼まれ続けていて、あんまり俺が首を縦に振らないから郡司さんに頼んだのかと思ってしまいました」
「なるほど……ちなみにどうして断っていたんです?」
「プロの漫画家としてやっていくのであれば、友達だから、仲がいいから、というだけでは厳しいと思うんです。半人前が集まったところで1人前の仕事が出来るのか? って思っちゃうんですよね。だからお互いが1人前になった時に、改めて組もうって言ったんです」
「うんうん、確かにそういう考えもありますね。いや本当にしっかりしてらっしゃる。私個人としては不知火先生と組まれたくないので、あまり言いたくないんですが、例えば海外の映画なんかだと、複数の脚本家が関わったりします。漫画も作家さんと編集者との2人3脚で作品を作りますから、完全に1人でやるのはプロとして活動する前くらいなものです。なので相乗効果が生まれる組み合わせなら、あまり1人にこだわる必要は無いと思いますよ」
大ちゃんと組む事を否定しながらも、俺の意見は肯定し、2人でやることも良いことなんだと主張している。
俺の作品を見込んでくれたことは本当に嬉しいが、言いなりになるわけにはいかない。
今まで何度も大ちゃんの申し出を断ってきたが、他の人と組むとなると話しは別だ!
俺の相方は大ちゃんしかありえない。
友達だからとか、仲が良いからとか、そんなチャチなもんじゃ断じて無い。
絶対に譲れない大切なことだ。
「大変ありがたいお話ですが、お断りします」
「ええっ!? 嘘でしょ? プロデビューのチャンスなんですよ? それを蹴るなんてどうかしてますよ」
よほど説得に自信があったのか、俺の意外な答えにずっと携えていた穏やかな笑みは消え、驚きのあまり紅茶をぶちまけた。
「ああ! すいません! すいません!」
テーブルを伝って床に向かう紅茶を素手で塞き止めながら郡司さんが謝る。
「滅多に無いチャンスだってことはわかってます。俺だってプロデビューしたいし、もったいないとは思います。でも、大ちゃんを裏切るようなマネは、出来ないんです」
俺がテーブルに広がった紅茶を拭きながら言うと、郡司さんは大きく安堵の息を吐いた。
「なんだ、そういう意味ですか……じゃあ両方組んじゃいましょうよ、不知火先生の原作もやったらいいじゃないですか」
今度は俺が驚く番だった。でも紅茶はこぼしてない。
断った意味を理解した郡司さんは落ち着いた笑顔を取り戻していた。
「え、そんなのありなんですか?」
「うーん……私は隠し事が苦手なんでハッキリ言っちゃいますが、ポイントは会議を通過できるかです。最悪の場合ですが、不知火先生の原稿が落ちて、私が用意した作画の方が通ったとしたら……星野さんどうしますか?」
「確かに……そうなったからといって原作を降りるなんて出来ませんね。やるからには全力でやりますよ」
「でしょう? まあ、不知火先生のスケジュールもあるでしょうし、1度相談されてはいかがですか? ともかくうちで書く事は引き受けてもらえますか」
実にやり手の営業マンだ。俺の要望を受けつつ自分の目的も達成する。こんなおいしい話しを出されては断れない。
「はい……。やれるだけのことはやらせていただきます」
「良かった。では、良い作品を期待しています。作画の方の都合が付き次第連絡させていただきますね」
そうして連絡先を交換すると、郡司さんは帰っていった。
気付けば大ちゃんとコンビを組む事になっていた。むしろ、どうして今まで断っていたのかわからないほどに、晴々とした気持ちだった。
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