第47話 急なスカウト

夢を叶えるのは難しい。


俺の場合は、海外でも通用する作家を目指しているので、なおさら簡単じゃあない。


でも、諦めないことは可能だ。


誰にでも出来る夢を叶える第1歩、それは諦めないこと。


でも現実には、ドリーマーズラウンジに来た客の半分以上が、諦めていく。


ドリーマーズラウンジから夢を叶えたのは、浦田さんくらいだ。


大ちゃんも連載が決まったが、漫画家としてスタート地点に立っただけで、夢が叶ったとは言えない。


実家に帰ったイッチーは戻ってきていない。イラストは続けているだろうが、きっとどこかで折り合いをつけたのかもしれない。


ワッキーの夢は脚本家だった。いまや動画を配信する事に情熱を傾けている。やりたいことや夢が変わるのはまだいい。


俺と共に作品を仕上げて佳作を取った若者は、作家の道に限界を感じて、どこかの会社に就職したと聞いた。


俺は……このままでいいのか。ずっとここで小説を書きながらウメさんと一緒に誰かの夢を応援し続けるのか。


いつまで?


「こころくん、休憩中にごめんね、話があるって人が来てるよ」


ウメさんが休憩室に来て考え込んでる俺に言った。


休憩室を出て入り口に視線を向けるとハンドタオルで額の汗を拭っている男性が立っていて、俺が見ていることに気付くと頭を下げた。


「商岳刊の郡司と申します。この度は、星野こころさんに相談があって参りました」


大ちゃんの連載が決まった週刊誌の編集者だった。渡されたシンプルな名刺には、郡司明彦と書かれていた。


「お仕事中に申し訳ないです、もしよろしければゆっくりお話しがしたいので、仕事が終わるまでコチラで星野さんの作品を読みながら待たせて貰っても良いですか?」


そう言って郡司さんは、勤務時間が終わるまでの間、選考落ちした俺の作品を読み始めた。時おり手帳にメモを取りながら待っているので、俺はとてもじゃないが仕事に集中できなかった。


ウメさんは俺より落ち着かない様子で、何度か食器を床に落とし、合計3枚の皿が割れた。


「なんだろうね、こころくんの作品が出版されるのかな?」


ウメさんがこれを聞くのは本日5回目になる。


「どうですかね、読んでから決めるつもりなんですかね」


「終わったら結果がどうなったか聞かせてくれよ」


「わかってます」


ようやく勤務を終えて私服に着替えると、郡司さんのところへ急いだ。


喫煙スペースで煙草を加えたまま目を閉じている郡司さんに声をかける。


「郡司さん、お待たせしました」


「……あ、お疲れ様です。いやあ繁盛してますね」


「そうですね、ネットの力は凄いです」


「脇野さんの動画ですねー、私も観ましたよ。テロップが上手いですよね、あれで面白さが倍増してる。効果音やBGMも絶妙なタイミングで入ってますしね、星野さんがサイコロでカップメンだった時なんて腹抱えて笑いましたもん」


郡司さんはとても良く笑う人だった。座るときに大きなお腹がテーブルにつっかえて入れなかった自分にすら笑っていた。


閉店した店内の一角に陣取ると、ウメさんが紅茶を持って来てくれる。3人分。


そして何食わぬ顔で俺の隣に腰を下ろした。郡司さんはきょとんとした表情でウメさんを眺めている。


「で、ご相談というのは?」


ウメさんが切り出した。


「ウメさん!」


俺は思わずツッコミを入れて首を振った。


「わ、わかってるよ、ちょっと気になっただけだよ」


郡司さんがププーッと吹き出して笑った。怒られてもおかしくないウメさんの行動に俺はヒヤヒヤした。


「あっはっは、すいません店長さん、一応これはプライベートっていうか、企業秘密的な話しなので今回はちょっと」


「そうですよね、申し訳ない。じゃあ……ごゆっくりどうぞ」


ウメさんがしぶしぶカウンターの向こうに引き下がるのを見届けてから、郡司さんはカップにミルクを入れ、紅茶を注いだ。


「星野さんの作品、読ませていただきました。とても興味深く、面白かったです。台詞の前にキャラクターの名前があったり、情景描写が足りない点が気になりましたが、内容は前向きで夢を与える良い作品だと思います。あえてそうしている、という印象を受けましたが、理由を聞いてもいいですか?」


「台詞の前に名前がある点と情景描写が少ない件についての理由ですよね? 以前から小説を読んでいて、誰の台詞か迷う事があって、名前があれば迷うこと無いのに、どうしてやらないんだろうって疑問だったんです。描写は未熟だから、という理由もありますが……あまりイメージを固定させたくなかったんです。読者の想像に委ねたかった」


「なるほど……確かに面白い着眼だと思いますが、小説を読む人は、私を含めてやはり違和感を感じる人の方が多いと思います。どちらにおいても読者がスッと受け入れる事は難しい。そこを違和感無く読ませる技術があれば問題無いんでしょうけどね」


もっともな指摘だ。俺の技術不足で読者に違和感を与えているのだ。


「そこでですね、漫画原作という手はいかがでしょうか? 漫画なら台詞の前に名前は必要ない。絵がありますから。描写も同じ理由です」


そう言われて俺の脳裏に浮かんだ人物がいた。


大ちゃん!


これは大ちゃんの差し金か!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る