第46話 追い抜かれたこころ
ウメさんの衝撃発言で俺達は総立ちになった。それは大ちゃんが椅子をひっくり返すほどの衝撃。
「本当ですか!」
「閉店前に少し話題になったでしょ、嬉しいことに出資者が現れてね、脇野くんの動画で協力を募ったのが良かったのかもしれない」
「第3者の介入ですか……梅田さんはそれで良いんですか?」
「まあ、いままでより自由には出来なくなるかも知れないけどね、きっと大丈夫だよ。それで相談なんだけど……こころくん、うちでバイトしない?」
それは、冬子さんが戻ってこないからでもあった。舞台が順調な事もあるが、どうやらドリーマーズラウンジが閉店して別のバイトを見付けたようだった。
「俺は……接客向いていない気がするんですよね」
「そう思ってるなら、ぜひやって欲しい。プロを目指すなら会話が出来ないとね、作品がこのままじゃ売れない事はわかっても、どこをどう直したら良いかわからない編集者は多いんだ。他にもどうしたら良いかわかっていても、説明の方法がわからなかったりね。そんな時、会話で情報を聞き出して、原因を突き止めなくちゃいけない」
冬子さんがいない店に対する消極的な態度に、ウメさんは熱意を込めて応対した。
「仕事をくれる担当者とのやり取りもそうだけど、次の仕事がもらえるかどうかは、接客力にかかってると言っても良い。何事も経験だよ。どちらかと言えば、こころくんには新しく来たお客の作品を見て欲しいんだ。いろんな作品に触れるのは勉強になるし、金内さんから学んだ事を次の世代にも伝えるのも、こころくんの役目なんじゃないかな」
もし俺が普通にアルバイトの面接を受けたら、まともに受け答えできず、落とされるに決まっている。それを逆にウメさんの方から働いて欲しいと言っているんだ。
「わかりました。やるだけやってみます」
「ありがとう、本当に助かるよ」
「でも、なんで俺なんですか?」
「前に、こころくんは身体を張って店を守ろうとしてくれたでしょ、僕はすごく嬉しかったし信頼できると思ったんだ。それに他の皆は出世して忙しそうだしね」
「なんすかウメさん、それじゃこころが暇人みたいじゃないっすかー」
「まあ、暇なのは当たってるけどな」
「最後の一言が全てを台無しにしたよね」
そうして俺達は楽しい夜を過ごした。
ドリーマーズラウンジの再出発の日まで2ヶ月ほどあったが、俺が『プライマリーストーリー』という新作を仕上げようとしていると、あっというまに初出勤の日がやって来た。
慣れるまでは静かに暮らしたかったが、店は初日から大盛況だった。ドリーマーズラウンジの再開を聞きつけた人達が押し寄せ、行列が出来ていた。
入り口にはワッキーが製作した紹介動画が流れ、店内スペースは多少狭くなったものの、客数以外は以前の店と雰囲気もほとんど変わっていなかった。
出資者の意向により、料金形体が時間入場制になった事で、だらだら過ごせなくなり、回転率が上がり売上は伸びた。
ウメさんが軽食を作り、可愛すぎる店員として話題になった長谷川ゆいが接客を担当し、俺は掃除や雑務をこなす。可愛すぎたのは本当に冬子さんじゃなかったんだな、と少し残念に思うが、俺にとっては冬子さんこそが誰より素敵に思える。
空いた時間は作品の下読みと基本的な事をアドバイスしたり、金内さんから学んだことを伝える。完成した作品で選考落ちしたものは、資料として店内に置かれ、自由にコメント出来るようになっていた。
順調だった。
俺の芽が出ないことを除いては。
「星野さん、佳作取りました!」
俺より後から夢を追い始めた才能豊かな若者が、自分を追い抜いていく。
「やったじゃん、おめでとう」
「星野さんのアドバイスのおかげです」
何が足りなくて、どこをどうすれば良いのか、それがわかっていても、自分の作品が面白くなるかどうかは別物なのかもしれない。
「だからさ、俺の漫画の原作やれよ」
大ちゃんが言った。
口癖のようにずっと言っている。
「俺が原作やったって面白くないって、足を引っ張るだけだ」
「この際ハッキリ言わせてもらうけどな、どうして窓空文庫にしか応募しないんだよ、金内さんが専属作家しているからか? あそこは、こころの作品とは色が違うだろ」
「なんでだよ、面白ければ売れるだろ」
「どうかな、面白い作品が売れず面白くない作品が売れたりする事だってある。そこはしたたかに考えるべきなんじゃないのか」
俺の作品は2次選考から先に進まなかった。ダメだった作品がドリーマーズラウンジに増えていく。そのダメだった俺の作品が読みたいと、通いつめる客だっていた。
「すげー面白いです、星野さんのファンです」
そう言ってくれるのは、無料で読める作品としては面白いって意味だろうか。
俺はもう、わからなくなっていた。
それでも俺には書くしか無いのだ。諦めずに書くことだけが、俺に残された唯一の希望。金内さんへの恩を返すためにも窓空文庫で夢を掴むんだ。
何度も自分に言い聞かせ、萎れそうになる気持ちを奮い立たせる。
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