第45話 愚直に進め

夏休み期間が終わると、俺は学校と執筆に忙殺され、瞬く間に時は過ぎ去っていった。


ハロウィンを経て、クリスマスが終わる、小説を書く以外に変わった事も無く、ただそれだけの日々が過ぎていく。


大ちゃんは2度目の読み切りが好評だったらしく、連載に向けて一心不乱に漫画を描いていた。


年末年始の慌ただしい親戚との顔合わせも落ち着いた頃、五月雨書房の結果も出た事だし報告もあるから集まろう、とウメさんから誘いがあり、駅前の飲み屋に集合した。


ウメさんが店の前にいた。遠目からでもウメさんだとわかる。それは仕事中の立ち姿を見ていたおかげだろうか、相変わらず綺麗に軸が通っている。


「ウメさん、お久しぶりです。私服姿なんて初めて見ましたよ。チェックのシャツにジーパンなんて……想定外です。っていうかヒゲ! モジャモジャじゃないですか」


「久し振りだね、こころくん。ありがとう、来てくれて嬉しいよ。お店が無い時はこうなっちゃうんだ。僕のヒゲは人より濃いめだから毎日大変だよ。それより大輔くんがもう来てるよ、先に中で待ってて『梅田』で予約してあるから」


入店すると耳にピアスをした店員が出迎えてくれて「いらっしゃっせー、1人っすか?」と接客してきた。


接客と呼ぶにはあまりにも横柄な態度が、入店わずか数秒で、俺の今後利用しないリストにランクインした。


予約してあることを告げると「ご予約のお客さま参りましたー」と棒読みのマニュアルを披露し、案内するつもりがないような勢いで歩くと、6人掛けのテーブル席に到着した。


大ちゃんはノートを開いて漫画の設計図であるネームを作っていた。壁にはダウンジャケットが掛けられ、ジャージの上からパーカーというラフな格好で、家で描いてる所を急いで着て来たみたいだった。俺は邪魔しないようにそっと隣に座る。


「おー! こころ、久し振り!」


「久し振り、なんか、やつれてない?」


いや、やつれたんじゃあない。目の下のクマ、無精髭、髪のベタつき。これは忙しいという理由もあるが、面倒くさがっているだけだ。


「ちょっと面倒くさくてなあ……」


「だろうと思った。作家のイメージ悪くなるぞ。で、どうなんだ? 順調……ではなさそうだなー」


「いまアシスタントもさせて貰ってるんだけどさ、そこの先生が『絵は、やってれば上手くなるから、良いネーム描けるようになれ』って言うんだよ。編集の人も全然ネーム通してくれなくて……」


「珍しく弱気だなあ」


「こころはどうなんだ? 金内さんに桃太郎見せたんだろ」


俺が金内さんとの事を話そうとすると、ウメさんが浦田さんと一緒にやって来た。


「ごめんごめん、待たせたね」


「二人とも久し振り」


浦田さんは会社員でもないのに日頃からスーツを着ている。それはオシャレが面倒なのと、いつどこに行っても失礼にならないからだそうだ。ただ、服装はいつも通りに見えるが、今日は心無しか元気がないように感じた。


それもそのはず、浦田さんが大賞を受賞すると思っていた五月雨書房コンテストの結果は、大賞が誰も選ばれず該当者無し。浦田さんの作品は優秀賞10人の中には選ばれたものの、予想していた結果では無かった。


ちなみに、俺の作品は1次選考を通過しただけで2次選考で落ちていた。正直なところ、当時の作品で良く1次選考通ったなと思う。今となっては恥ずかしくて読めたもんじゃあない。


「あれ? これだけですか? イッチーやワッキーは?」


「脇野くんはイベントがあるんだって。市川くんは年末に実家に帰って、まだ戻ってきてないんだ。それはそうと、さっき金内さんに見せた作品の話しをしていたね、僕にも聞かせてよ」


「ワキノって誰だ?」


「冗談だろ大ちゃん。ワッキーを忘れたの?」


「ワッキーって脇野っていうんだ、知らなかった」


話の流れで気付いただけで、実は俺も忘れていた。でもネット上では脇野勝俊って本名の方が浸透しているようだった。


飲み物と食べ物を注文した後、俺は金内さんとのやり取りを話した。脚色していない真実の物語だ。いや、少しは脚色したかもしれない。


「自由に伸ばすタイプなんだね金内さんは。溝口先生は絶対的な構成を強制するタイプだから真逆といってもいい」


浦田さんの口調から苦労してる事が伝わってきた。きっと、ありがちな物語を作る上では、決められた手順むたいなものがあるのかもしれない。


テンプレート小説の量産マシーン。書くことで食っていけるなら、それもひとつの選択。


「必ず作家になって会いに行かなきゃね」


ウメさんが鼻息を荒くして、前のめりになった。こういう話が大好きで、応援したくてドリーマーズランジを始めたのだから当然だ。


「春夫さんの肩が濡れてたのって、もしかして泣いてたのか?」


「そんな気がする」


「あの人がねぇ、意外と可愛いところあんじゃん。そのネタ使って良い?」


なんでもすぐ漫画に取り入れようとする大ちゃんの姿勢には感心する。


「ウメさんの報告って何なんです?」


浦田さんが切り出すと、ウメさんは満面の笑みで答える。


「うん……それなんだけどね……ドリーマーズランジ復活」


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