第43話 慈愛の暴言



「金内さん! 桃太郎持ってきました!」


「……誰アンタ」


「……そうですか、帰ります」


「ちょっと! まちなさいよ! アンタ作家になりたいんなら、これくらいで諦めんじゃないわよ!」


「……金内さん、人から素直じゃないって言われませんか?」


「……そう思っても言わないのが大人よ」


課題を持参してから数分も経たずに、やっぱり苦手なタイプだと再認識させる金内さん。


大ちゃんの存在を恋しく思うが、これは俺が乗り越えるべき壁だ。



題名は『ももがたり』にしていた。


大ちゃんと話していた設定通り、主人公にお爺さんをキャスティングして、桃太郎の冒険の影で活躍する浦島お爺さんの伝説を描く。


大企業のオールドニュー・インク(通称ONI)を経営する鬼瓦鬼衛門おにがわらおにえもんはチャイルドピーチプロジェクト(通称CPP)と称する計画で世界を我が物に……


「全然面白くなーーーいっ!!」


金内さんが原稿を放り投げる姿を見て、俺は慌てて立ち上がると、バッグの中から岡山旅行のおみやげを取り出した。


「これよかったら、岡山取材旅行のおみやげです。では失礼します」


そう言っておみやげを渡したあとに、原稿を拾い上げると、出口に向かった。


「ちょっと! だからどうしてそこで諦めんのよそこで! もう少し粘りなさいよ!」


「……金内さん、もしかして日めくりカレンダー持ってますか?」


「なによ急に……、日めくりカレンダー? ……持ってるけど、それがどうかしたの?」


「いや、なんとなく」


金内さんは情熱的なテニスプレーヤーを崇拝している気がする。


「まずタイトルからして気に入らないわ」


「別に気に入られようと思ってつけたんじゃありません」


「そういう事を言ってんじゃないの。タイトルから内容が分からなかったら読者は手にすら取らないって言ってんの」


「確かにそうですね」


「それにお爺さんが主人公って何よ、誰に読ませる想定で書いたの? 童話は子供向けなのよ? 読者が自分を重ねられないような設定はダメ!」


「ちゃんと最後まで読んでくださいよ、お爺さんは浦島太郎で、実年齢は若いんです」


「その前に読者は読むのを止めるわ。それから日本の童話がベースなのに英語の企業名と略称? それを付けたのが鬼瓦鬼衛門? ふざけんじゃないわよ! アンタ鬼瓦鬼衛門の設定掘り下げてないでしょ」


「金内さんスゲー! 性格はこんなんなのに……本当にプロの人だったんですね!」


「……アンタぶっとばすわよ」


金内さんは小説というものについて熱く語った。


例えば、主人公が仲間と食事をするというシーンを考えていたとして。


実際書く時は、何時何分にどんな天気で、誰とどんな風に食べてどんな料理が出て、どんな味がしたのか。


見た目はどんなだったか

全部食べたのか残したのか

回りの人はどうだったか

それを食べてどう思ったか


そのうえで、読んだ人の心を動かし面白いと感じなくては意味がない。


どんな台詞で、どんな会話をどんなテンポでしたのか。


カメラアングルはどこから撮っているか、おかしくないか。


その後誤字脱字チェックして


声に出して読み直して、読みやすいか、変な言葉遣いになってないか。


もっと伝わりやすい言葉はないか、もっと面白い言い回しはないか。


映画や漫画と違って、それらを全て文字で表現し、そこには理由がなければならない。


「小説とはそういうものよ」


金内さんは言った。


「金内さんの言っている事が間違っているとは思いませんけど、業界は縮小傾向にある。そこには何かが足りないか、今のままじゃダメって事じゃないですか?」


「そもそも、さっき言ったことが出来ていない作品が市場に出回ってる事も原因のひとつかもね、仮に出来ていても面白いかどうかは別の問題だし、正解なんて無いの。私達に出来ることは、より良い作品の為に知恵を搾って、それを次の世代に伝えていくこと」


俺は金内さんに何度もダメ出しされながら作品を仕上げていった。


書き直して持ち込む度に、嫌がらせかと思うほど、根気強く指摘してくる。かと思えば俺が言われた通りに直さなくても何も言わなかったりする。


「どうして直さなくても何も言わないんですか?」


「勘違いしないで、直して欲しくて言ってるんじゃないの。読んでて引っ掛かった所を口に出してるだけ。読者は怖いわよー? 何も言ってくれないから。何も言わずに読むのを止めるの。ま、たまに言ってくれる人もいるけどね。読んでみる? ファンレター。編集さんと旦那が検閲してくれてるから、そこまでキツいの無いけれど、中にはエグいのもあるわよ」


思ったことはハッキリ言うが、自分の考えを押し付ける事はせず、金内さんの主張に反論しても、「ふーん、好きにしたら」と興味無さげに答えるだけだった。


そんなある日、金内さんが何も言わずに最後まで読み終えた。表情はとても険しい。


何度も手直しして繰り返し読んできた作品なので、一字一句丁寧に読むわけではないが、修正した箇所には書き直した原稿を上からテープで貼っている。


金内さんはおもむろに立ち上がって「春夫ー、ちょっと読んでみてくれるー?」と旦那さんを呼びに部屋を出ていく。


こんなことは初めてだ。良かったのか、悪かったのか。

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