第39話 息を飲むデキレース

遠慮なく俺の部屋に突撃していく大ちゃんを除いて、初めて訪問するメンバーは玄関先でもたついていた。


「お、おじゃまします」


イッチーは地雷原でも歩くかのように肩をすくめて恐縮している。


「実家に泊めて貰った仲だろ、遠慮はいらないよ」


「失礼しまーす」


続いてワッキーがそそくさとバッグを抱えて上がり込む。


「いやー、素敵な観葉植物ですねえ、これはお母様のご趣味で?」


浦田さんが朗らかにリポーターを務めるので、俺はピンときてワッキーを引き留めた。


「ワッキー、撮影してるな」


イタズラがみつかった子供のように照れ臭そうな笑顔を向けながら、「バレましたか」と腕に抱えたバッグを開けて、カチリとスイッチを押した。


岡山で使っていたカメラよりも高級そうだ。


浦田さんは、俺に気づかせるためにわざと言ったのか、それとも天然か。飄々とした態度から察するにどうでもいいのかもしれない。


「いきなり来ちゃってごめんね」


冬子さんが脱ぎ散らかった靴を整えて、伏し目がちに言った。なんと可憐なのだろうか、俺は1秒でも多く網膜に焼き付けたいという気持ちと闘わねばならなかった。


「俺が連絡取らなかったから悪いんです。女性が来るのは初めてなので、きっと部屋も光栄なことでしょう。散らかってますが遠慮なく……」


しまった!


俺の人生において部屋に女性が来ることなんて想定してなかった。しかも相手は冬子さんだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! すぐに片付けますから!」


俺は何を寝ぼけていたのだろう、見られたら困るあれやこれを隠さなければ!


2階の自分の部屋に飛び込むと、少し息の上がった大ちゃんがドヤ顔で足を組んで鎮座していた。


「遅かったじゃないか、どうした慌てて」


空気を入れ替える為に部屋の窓が開けられ、つけっぱなしだったパソコンの電源が落とされている。本棚にあった女性率の多い本や、フィギュア等々もごっそり消えていた。


大ちゃんが図々しくも部屋に特攻したのは、デリカシーに欠けた行動ではなく、突然の来訪における配慮だったようだ。


「大ちゃん、俺は誤解していたよ」


「とりあえず、服を着ろよ」


俺が感動と大ちゃんに対する誤解を悔い改めていると苦笑しながら忠告してきた。


しまった!


ようやく自分が下着姿だったことを自覚し、冬子さんが伏し目がちだった理由に気付く。


色々とダメすぎる自分に嫌気がする。


でも逆に考えるんだ。失うものは何もないのだと。


ようやく腰を落ち着けると、なぜ店に顔を出さないかについての聴聞会が開かれた。


俺は当然のように自由意思による権利を主張したが、「来ても来なくてもどっちでもいいけど、理由が聞きたいんだよ」と一蹴された。


こういう場合、なんて答えるのが正解なんだ?


真実か? 納得してもらえるような嘘か?


少なくとも真実である俺の気持ちは解決出来ないものだし、納得してもらえないだろう。


かといって嘘をつくのは嫌だった。


「言いたくない」


俺はそれだけを伝えた。それが俺の素直な気持ちだから。


「そうか……」


大ちゃんが少し寂しそうな表情を浮かべる。わずかな沈黙のあと浦田さんが話題を変える。


「どうですか? 執筆のほうは」


「せっかく取材まで行ったのに、なかなか進みません。そういえば、浦田さん電話くれてましたね、戻ってきたら連絡するって言ってたのにすみません」


「いやいや、別にいいんだ。まだ締め切りは先だからね、どうだいせっかくだから参加してみないかい? 執筆が行き詰まっているなら息抜きに別の作品を執筆するのもアリじゃないかな?」


新人作家を発掘する五月雨書房の小説コンテスト。溝口先生のベストセラー『観覧者』の二次創作小説を募集し、最優秀賞1人優秀賞10人の短編作品を選出するらしい。


小説界に新しい旋風を巻き起こすような、今までに無い画期的なアイディアを求めるのではなく、どこかで見聞きしたようなオーソドックスな物語が要求される。


それゆえ奇抜さよりも、安定した構成と確かな文章力が重視され、ハズレの無い作品集になると話題になっている。


まさに浦田さんの得意とする分野で、浦田さんのためにあるコンテストと言えた。


「誰が作品を審査するんですか?」


「五月雨書房編集者の方々と溝口先生だよ」


「……つまり、これはメディア戦略だ」


「察しがいいね。でも優秀賞はちゃんと選ばれる」


浦田さんと俺の会話に首をかしげている面々に、このコンテストが浦田さんを売り出す出来レースかもしれないと説明すると、否定しない浦田さんに非難の声が集中した。


「え!? そんなのアリなんですか」


「ズルいですよ、本気で応募している人に失礼だと思います」


「こころ、そんなの出る必要無いぜ、俺の原作書けよ」


浦田さんは黙っていた。おそらく非難される事もわかっていただろう。もしかすると浦田さん本人は望んでいないのかもしれない。世間に注目される話題作りとして、戦略を練るのも必要なのだ。


会って話したいと言ったのは、俺に真相を知った上で参加して欲しいからだ。浦田さんはどこまで先を見据えているのだろう。


単純に良い作品が認められ、売れる時代じゃない事を理解して、ストイックに現実と向き合っている。


「わかりました。参加します」

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