第38話 こころの友達よ
人目も憚らずイチャイチャしている爆発すればいい恋人達が巷に溢れる昨今、本当に爆発し始めたら爆発に巻き込まれたり少子化問題に拍車がかかったり、大切な友人までもが被害に合う。
俺が風を纏った龍のごとく恐ろしいまでの暴風飛散を望んでいたのはプロのボッチだったからに他ならない。
大ちゃんとの再会が、それを変えたのだ。
冬子さんという女神と出会えたのも、仲間と呼べる友達と岡山まで来れたのも、ドリーマーズラウンジを紹介してくれた大ちゃんがいたからだ。
だから、大ちゃんが冬子さんと親しく密談を交わしても、仮にふわふわマシュマロボディを堪能する様な関係になったとしても、そこは実写版3D映画を観るような気持ちで祝福するべきなのである。
NO MORE 恋泥棒。
素晴らしい原作に敬意を払い、自分なりの解釈と表現で新たな作品を生み出す挑戦は、例え冒涜と言われようとも確かな愛がそこにある。
目の前で上映された、いとも容易く行われ続けたえげつない行為は、親友への愛情と嫉妬の狭間で、ボクの心のやらかい場所をギュッと締め付ける。
さて、何を言っているかわからねーかもしれねーが、俺が体験したありのままを表現した紛れもない現実だ。
冷静と情熱の間で空と君との間には、愛しさと切なさと心強さが混在し、僕が僕であるために、一番欲しかったものに気付かせてくれた。
心から大切な人達が幸せならば、その心が自分に向いていないとしても、それこそが自分の望むものであるはずなのに、どうして素直に祝福できず苦しみが襲うのか理解が出来ない。
理屈に合わない感情が、親友との溝を深くする。醜き葛藤と戦い続けているうちに帰りの夜行バスから解放されて地元のバスターミナルに降り立つと、俺はそっけない態度で帰路についていた。
わかっているさ、大ちゃんと冬子さんの間に何もないことくらい。ただ、お似合いだなって思っただけさ。俺なんかよりずっと。
大ちゃんの良いところを知れば知るほど、冬子さんへの想いが強くなれば強くなるほど、自分の不甲斐なさに打ちのめされる。
俺はドリーマーズラウンジに顔を出せなくなった。
冬子さんが幸せならば、一緒にいるのが自分でなくてもいいはずなのに、冬子さんを求める自分がいることに納得できず、いまや誰かが冬子さんと親しそうに話しているだけで発狂しそうだった。
それは同時に、冬子さんへの好意を認める行為だった。
いつから?
最初からだ。でも考えないようにはしていた。高嶺の華であり、冬子さんを幸せにできる器が自分にあるとは思えない。
想うだけ無駄な、叶わぬ恋。どこが好きかも分からないし言えない、ただ猛烈にこころを惹き付ける存在。未来永劫、吸引力の変わらない唯一の女性。
冬子さん。
大ちゃんから連絡があって、原因を聞かれても「桃太郎書いてるから」なんてそっけなく返答するのが精一杯で、これっぽちも書けちゃいないってのに、女々しくてありのままに言えず、やさしくなりたいのに雲は白リンゴは赤だと分かっていても、本音なんて言えるわけない。伝わるわけ無い。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。
ポイズン。
恋や友情に振り回されて、プロを目指すものとしてあり得ないほどの落ち込みに心を支配されていても、世界は正確に時を刻み、俺の周囲を取り巻く環境は変化していく。
まず、ワッキーの撮っていた俺たちの岡山旅行の動画がネットで話題になり、かなりの再生数を叩き出していた。
その恩恵を受けてか、イッチーが大手企業からイラストの仕事を依頼されたり、大ちゃんの担当編集者が手のひらを返すように連絡を取り始め、ついには読み切り作品が掲載された。それによってドリーマーズラウンジの客も増えた。
雑誌やテレビの取材が舞い込み「可愛すぎる店員のいる夢追いカフェ」として取り上げられると、冬子さんの出演する舞台は満員御礼、ついには冬子さんがヒロインに抜擢されていた。
「こころ!」
家の外で俺の名前を呼ぶ声が聞こえたが、誰にも会いたくない俺は無視する事に決めた。
いまや将来を期待された漫画家である大ちゃんと自分では住む世界の違う人種であることは間違いない。
「おい無視すんなよ、いるんだろ? 出てこないならココで騒ぎ続けるぞ!」
そう言われて、大ちゃんが逃げるコマンドの効かないモンスターである事を思い出した。再会したときも大ちゃんはそうだった。環境が変わっても大ちゃんは変わってない。変わってしまったのは俺だ。
暗い部屋で一人、テレビはつけたまま俺は震えている。何か始めようとすると、心のモヤモヤが俺を閉じ込める。
断じて少し泣いてなどいない。
「何か用?」
観念して俺が玄関から顔を出すと、そこには大ちゃんだけじゃなく、見知った顔がいくつもあった。
大ちゃんを筆頭にイッチーとワッキー。穏やかな笑顔を携えた浦田さんまでもがそこにいた。そして冬子さんも。
「なんで店に来ないんだよ」
「まあ、とりあえず入れよ」
俺の胸ぐらを掴みかかりそうな剣幕の大ちゃんをなだめて、自宅へ招き入れた。
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