第37話 忍び寄る暗雲

興味深そうに身を乗り出して聞いている石川さんとは対照的に、男性陣は後ろに下がって何やら内緒話をしていた。


今までずっと撮影を続けていたワッキーまで、カメラを降ろして密談している。イッチーの前で石川さんの興味を惹く話をしてしまった事に引いているのだろうか。


「それじゃあ島田さんとはそれっきり?」


恋話には目がありませんといった様子の石川さんが質問してくる。


「そうそれっきり、ごめん石川さん、ちょっとおまえらなに内緒話してるんだよ」


石川さんへの相槌もそこそこに、俺はすぐに不快感をあらわにした。すると大ちゃんが変なことを質問した。


「こころ、その島田って女の顔は覚えてないのか?」


「……いや、もう大分昔のことだからな、覚えてないよ」


「なんでだよ肝心なところだぞ、面影とか何かあるだろう」


俺の返事にあからさまにガッカリとためいき。そしてまた何やらヒソヒソと密談を始める。


微かに漏れ聞こえるのは、「間違いないって」や「石川さんは知らない」といった言葉だった。


「さとみ、ちょっといいか」


そしてイッチーが石川さんを呼び、入れ替わるように大ちゃんが目の前に立つと、強い眼差しで言った。


「雰囲気とか見た目とか、他に何か覚えていることは無いのか?」


「島田さんのこと?」


ゆっくりと頷く大ちゃんの背後から、「うそー、ホントに?」という石川さんの驚きの声が聞こえる。


「特にないよ、何なんだよさっきから。竹田さんみたいに島田さんのことも探そうとでもしているのか?」


そんなわけないかと思いつつも確認してみる。


「こころ……おまえは本当にダメだな。人の事には敏感に反応するのに自分の事となると全く見えてない。眠りのこころうだな」


俺は質問に答えただけだし石川さんにも興味はない、何年も前の事なんて覚えてないのは仕方がない。


「もういい、帰ろう」


俺は頭にきて言った。そう言えばきっと、俺を止めるために機嫌を直すかもしれないと思ったからだ。こんなわけのわからない事でケンカなんてゴメンだ。


「そうだな、帰ろう。もう取材は出来たしな。イッチー、帰りのバスを手配してくれ」


「おいおいおいおいおいおいおい冗談だろ、本気にするなよ、どうしたんだいったい。言わなくてもわかるでしょ察してよってヤツか? 悪いけど俺は言わなきゃ分からないぞ。言ったって分からないくらいだ」


俺は焦った。頼むからいつもの大ちゃんに戻ってくれ。


「いいか、俺たちが何を言いたいか知りたければ帰るべきだ。ここに答えはない」


そこに浦田さんからの着信が入った。


「やあ、こころくん。久し振りだね、元気してるかい? 実は金内さんに紹介してもらった溝口先生がね、五月雨書房と提携して近々新人発掘小説コンテストを開催するんだよ。こころくんも是非参加してはどうかと思ってね、今からちょっと会えないかな?」


「えーと、ありがたい話なんですが、いま岡山にいて今からはちょっと難しいですね」


「え? 岡山って岡山県?」


「そうです、作品の取材でちょっと旅行に来てまして」


「そうか、それなら戻ったら連絡をくれるかな?」


「わかりました。わざわざありがとうございます」


俺がみんなに浦田さんからの電話の内容を伝えると、いよいよ帰る理由が出来たとざわついた。


すると、大ちゃんが思い付いたように電話し始める。


「……もしもし、ウメさん? ……はい、楽しんでますよ、ぼちぼち帰ろうと思ってます。……月島さんいますか? ……お願いします。……もしもし、月島さん? ……いま、こころから幼い頃の宿泊学習で、優しいオオカミが活躍する7匹の子やぎの物語を聞いたんだけど月島さんの本名って……そう、察しがいいね……やっぱり! ……え? どうして……そっか、急にゴメンね、どうしても確信したくて……ありがとう、じゃあまた」


電話を切ると俺に向かってニヤついたあと、みんなに向かって「ビンゴ」と言った。


俺たちの桃太郎博物館史上、最大の盛り上がりを見せる中で、俺だけが取り残されていた。


「ナアナアナアナアナアナアナアナア、いい加減俺にも教えてくれよ、なんなんださっきから」


「ねえ、こころくん。もし島田さんと再会出来たらどうする?」


「どうするもなにも……別に俺は島田さんに恋愛感情があるわけじゃあ無いからなあ」


というよりも俺には恋愛関係そのものに縁がない。俺にとっての恋愛とは、おとぎ話のようなものだ。


「えー? 他に好きな人がいるとか?」


「いるよ。この世で最も多く幸せが訪れるべき人で、俺はその人の幸せを守る為に生きているんだ。難しいことだけど、俺の判断基準はそこにある」


「じゃあその人が島田さんだったら?」


「どういう意味?」


「さとみ!」


「ごめん、言い過ぎた」


中途半端に含みのある言い方をするくらいなら全部言って欲しい。


結局最後までハッキリしないまま、帰りのバスの手配が済み、イッチーの実家から荷物を引き上げると、帰りの地獄のバスツアーへと向かった。


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