第35話 忘却の彼方

目の前に広がる美観地区の、歴史ロマン薫る町並みを楽しんでいると、きびだんごの店を横目に大ちゃんが脇腹をつついてくる。


「浦島家で育った桃太郎は、きびだんご持って旅に出るんだろ? 犬猿キジはきびだんご食うのかな」


「大ちゃんは素直だなあ、きびだんごと言っても本当にきびだんごだったか証拠はないのだよ。いつからきびだんごだと錯覚していた?」


「なん……だと……」


「果汁100%のジュースにだって2種類あって、果実を搾って容器にそのまま詰めた物と、濃縮還元した物があるんだ。すべての物事において、表記がそのままの意味だと思い込むのは危険だよ」


「それは美味しければどうでもいい」


「犬猿キジも美味しければ、きびだんごの正体が何でも良かったのかもしれないな」


豆腐料理店の前では、海外から来た観光客が珍しそうに店を覗いている。ただの観光か外資系企業の密偵か、日本の文化を学びに来たのかもしれないし亡命目的かもしれない。


例え本人に聞いたとしても本当の事を言うかなどわかりはしない。


「じゃあ、きびだんごって何だよ」


「その答えを見つけるために、ここまで来たんじゃあないか」


古い家屋が建ち並ぶ通りを進み、桃太郎博物館に到着すると、入り口前には風雨や観光客にもてあそばれ身も心もボロボロになった桃太郎が出迎えていた。


「なんだこの……やけに触りたくなる桃太郎は!」


当然のように大ちゃんが興味を持つ。わなわなと震えながら今にも飛び付きそうだ。


「待って大ちゃん、ここ見て」


さわってはなりません


柔らかそうな謎の素材で作られた桃太郎の足元に警告文があることに気づいた俺は、紙一重で大ちゃんを留まらせた。


「嘘だろ……これ触らずにいられるヤツなんているのかよ……! だいたい何だよ手のひらのイボは! 触ってくれと言わんばかりに差し出してるじゃないか」


「大ちゃん、耐えろ。それは、きびだんごだ。イボじゃない」


人間の好奇心を巧みに操作し、人の目を欺く術を博物館の主は心得ているかのようだった。


館内は1階と2階があり、トリックアートやお化け屋敷を楽しんだあとに、歴史的資料室で桃太郎について学べる作りになっていた。


俺たちが童心にかえって施設を堪能していると、とんでもないものをみつけた。


「ねぇ、ちょっとこれ見て」


最初に気づいたのは石川さんだった。声のトーンからして死体を発見したわけでは無さそうだったが、見てみるとそれ以上の驚きがあった。


「さすが桃太郎博物館だな、謎の答えはこんな所にあったのか」


大ちゃんが感心して言った。そこには、とある実験VTRが流れていた。


犬猿キジのきびだんご試食会


ペットショップ協力のリアルな映像に、求めていた答えがあった。


「良かったじゃない、これで犬猿キジがきびだんごを食える事が証明されたね」


俺の言葉とは裏腹に目を細めて不服顔を向けてくる。


「なんかイメージと違った。あいつら食えれば何でもいいし、お供として役に立たなそう」


「現実とはそういうものだよ。難解な密室事件の謎を解決したとしても、殺害された被害者は戻ってこないし、冷酷な殺人鬼を捕まえたって気分が晴れることは無いんだよ」


「現実か……」


その先にあった資料室で、桃太郎のルーツは吉備津彦命きびつひこのみことという人物の吉備国平定における活躍と、渡来人である大男の温羅うら伝説に由来するとか様々な説があると現実的な物語を昔の漢字混じりで並べ立てられて、完全に興味をもがれた。


「俺は思うんだけどさ、事実ってのは面白くないし夢が無いよな。実際がどうだったかも大切だけど、ここにある書物は読む人を楽しませる気持ちが無いんだ。ただ、受け取りかたを変えれば、まだまだ小説には面白くなる可能性が眠ってるはずだよ」


「そういえば、こころさんはどうして小説家になりたいんですか?」


そう聞かれて俺は答えられなかった。


学生時代に大ちゃんと物語を作っていたことが楽しかったからなのかとも思ったが、おそらく違う。


冬子さんの為でもウメさんの為でも無い。ましてやドリーマーズラウンジを守るためでもない。


それらはすべて、根底にあった夢への動機を掘り起こしただけにすぎない。


「俺との出会いがきっかけだろ?」


俺が黙って考え込んでしまうと、大ちゃんが助け船を出してくれる。それは気遣いなのか願いなのか。


「そうかも。でも違うかも。なんとなーく、流されてなりゆきで夢見てるだけかも。皆みたいなしっかりした理由なんて俺には無いんだ」


「初めて物語を考えたのは、いつごろだったの?」


石川さんに聞かれて、俺は古い記憶の海へ旅立つ。


「あれは確か……」


目を閉じて、幼い頃の記憶を紐解くように呟く。


「小学校低学年の頃だったと思う、親元を離れて公民館に宿泊するイベントがあったんだ。たぶんその日が初めて物語を考えた日だ」


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