第33話 惑星オニータ
「なになに? ケンカ? 何が始まったの?」
「ケンカじゃないと思うけど……」
石川さんが心配の声をあげ、イッチーが動揺して、ワッキーがとりあえず撮影する中、俺たちの戦いは始まった。
「惑星オニータは資源の少ない星だった。美しい地球を手に入れたいと思うのは当然で、桃型の宇宙船で侵略にやって来た」
いきなり大ちゃんが放り込んできた。どこぞの宇宙人を彷彿とさせる展開だ。その惑星の戦闘民族が相手じゃ分が悪い。
とはいえ明確なルールがあるわけでもないので、まだあわてるような時間じゃない。
「あるところに、おじいさんとおばあさんがおったそうな。侵略の事など夢にも思わぬ2人は、いつものように柴狩りと洗濯に出掛けるのでした」
俺はジェラートを食べながら涼しい顔で言ってやった。相手の土俵に上がる必要は無い。むしろ日常とかけ離れたとんでもない設定には、ほころびが発生しやすい。
当然それは大ちゃんもわかっているから、短期決着を目指して展開を早めることで、ほころびをつつかれるのを防ごうとするだろう。
「地球に到着した惑星オニータの者達は、さっそく侵略を始めて、小さな島を拠点にして少しずつ勢力を拡大していった」
大ちゃんは、物語をどこに着地させるつもりなのか、勢いで突っ走っている印象を受ける。ここらで、ペースダウンさせないと主導権を取られてしまう。
「柴狩りに出ていたおじいさんは、惑星オニータのしたっぱに遭遇しました。格好や仕草を鋭い目で観察し、地球の住人では無いと判断したおじいさんは「おまえ達の目的はなんだ?」と聞きました」
「決まってるだろ、侵略だ。すべてを奪い、皆殺しだ」
ここだ! 俺は大ちゃんの設定に穴を見つけて、ひとこと言い放った。
「どうして?」
「え?」
急な質問に大ちゃんは反応できない。
俺のターン!
「地球の資源が羨ましくて侵略に来たんだろ? おいしいごはんやぽかぽかお風呂。地球の人間を殺したら、まるごと桃パフェだって存在しない。それを皆殺しとか、なんなの? バカなの?」
「ぐぐぐ……。か、環境を破壊する人間は滅べばいいんだ」
「そうか。じゃ、がんばって。おじいさんはそう言うと引き返しました」
「ちょ、ちょっとまて! 生かして帰すと思ってるのか!」
「おじいさんは、お腰につけた柴狩り道具をひとふりすると、惑星オニータのしたっぱは首と胴体が離れてしまいました」
「ちょいちょいー! なんでそんなじいさんが強いんだよ!」
俺は最近の出来事を振り返った。ウメさんのために大賀とやりあったこと、佐々木の事務所に乗り込んだこと、竹田さんを見つけて話しを聞いたこと。
結果として何も成していない事実。ウメさんは、初めて来店した俺に店の命運を託すマネはしなかったし、佐々木からは何も得られず謎は深まった。竹田を見つけたのは俺じゃないし捕まえたのだって大ちゃんだ。俺は何もしていないし、結局竹田さんは何をするつもりなのか教えてはくれなかった。
「おじいさんが主人公だから」
「主人公は桃太郎だろー?」
物語のキャラクターは、主人公が知らないところで動いているはずで、そこにはそれぞれの物語がある。全ての人が主人公なのに、読者はスポットライトが当たっているキャラクターで判断する。
きっと桃太郎の影では、様々な物語が隠れていて、結果的にスポットライトを浴びた桃太郎が有名になっただけかもしれないんだ。
「いいや、俺の桃太郎はおじいさんが主人公だ。大ちゃんだってオニータが主役なんだろ?」
「桃太郎は出ないのかよ?」
俺は頭の中で金内さんに提出する作品のおおまかな骨組みを完成させ、今俺にできる最高の作品であり書きたい物語を形にしようと思った。
「おばあさんが川へ洗濯に行くと、川上の方から、大きな大きな桃が流れてくるのを発見しました。それが桃型の宇宙船であるとは知らずに、おばあさんは家に持ち帰ることにしました」
俺がしれっと話しを戻すと、大ちゃんはなぜか楽しそうに笑った。
「なに笑ってんだよ」
「続きが楽しみでさ」
そういえばそうだった。昔から大ちゃんは、俺が頭の中にプロットを完成させると、こうやって笑って、俺にとっての最高の読者になってくれるんだった。
俺が桃太郎を完成させる突破口を見つけたことを大ちゃんは気付いたのだろう。
「次、大ちゃんの番」
嬉しいような照れくさいような気持ちになって、ごまかすように先を促した。
「桃型の宇宙船には惑星オニータの戦士が乗ってるんだぞ、おばあさんの命が危ない」
「惑星オニータからの宇宙船には戦士以外にも、女や子供も乗っていたんだ。おばあさんが拾った桃型の宇宙船の中には、赤ん坊と母親が乗っていた」
「わかった! 機械トラブルか何かで、母親が死んじゃったんだ! で、その子が桃太郎!」
「先に言うなよ勝負だって分かってるのか?」
「え? 勝負? なんのことだ?」
どうやら勝負だと息巻いていたのは俺だけだったらしい。
「ねぇ、ちょっと続きは?」
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