第32話 癒し癒され振り振られ
「えーッ! なんでそのまま竹田さんを行かせたんですかー!」
イッチーが不服申し立てる。
「梅田を頼む(キリッ)とかカッコつけて自分に酔ってるオッサンに、水を差すような事言えるかよ」
「イッチーもあの場にいたら動けなかったと思うよ」
重たい気持ちを払拭する為に、大原美術館の近くにあった、土産屋兼カフェの「くらしき 桃子」に立ち寄り、スイーツの魔法を借りて気分を変える事にした。
入り口の看板には旬のフルーツを使ったパフェが紹介されており、なかでも桃を丸々1個使用して作られた期間限定の商品が目を引く。
例によって、サイコロとメニューボードを準備して注文するメニューを選び、ひとまず竹田の件は保留とし、今回の旅の目的である桃太郎取材に戻ろうと決めた。
1「通年メニュー」
ももこパフェ
2「暑さに負けるな」
パインスムージー
3「期間限定、至高のスイーツ」
まるごと桃パフェ(1296円)
4「冷たいスイーツ」
ジェラートダブル
5「パープルジュエリー」
ぶどうタルト
6「砂漠でもっとも嬉しいアイテム」
水(プライスレス)
「レディファーストって事で石川さんからどうぞ」
「わあー、緊張しますね」
そう言いながらも臆せずサイコロを振る。撮影していることも、このサイコロゲームに参加することも、なんのてらいもない。
この寛容さにイッチーは惚れたのだろうか。
サイコロは2を告げ、石川さんの安堵の吐息が漏れる。同時にイッチーの表情にも笑顔が灯った。
好きな相手の人生に、笑顔が多く訪れることを願う。その為に自分が出来ることを考え、その為の選択をする。
簡単そうで難しい、なかなか思い通りにはいかないもの。俺にとっての恋愛は夢を叶える事よりも難く、手の届かない高嶺の花だ。
羨ましい。
ふと冬子さんを想う。
そういや俺は、冬子さんの事をどれほど知っているのだろうか。
「ん?次は誰?」
サイコロを持って、石川さんが首を傾げる。
「これまでのサイコロを振る順番で、なったことが無い順番にしましょうか」
ワッキーが提案する。
思い返してみると、これまで順番が被らなかった事に気づく。
特に反対意見は出なかったので、俺、ワッキー、大ちゃん、イッチーの順で振る事になった。
俺は4を出し、ジェラートダブルの味をどれにしようか悩み、次いでワッキーが「来い!」という掛け声で1を出して、ももこパフェを引き当てた。
「よぉーし!」
ワッキーが店の前で視線を集めながら喜びを表現する中、大ちゃんがそっとやらかす。
「まるごと桃パフェ、きてちょーだいっ!」
大ちゃんが俺の想い、君に届けとサイコロに願いを託す。
6。
水。
MIZU。
みるみるうちに大ちゃんの顔色が曇り、口を開けて絶望の波に飲まれていく。
大原美術館にはムンクの作品である「マドンナ」が展示されていたが、ここには大ちゃんの「叫び」があった。
今は憐憫の情を感じたくないと耳を覆い、ただ事態を処理する事に専念する様は、あの日カロリーメイトを引き当てた俺には痛いほどわかった。
さらに追い討ちをかけるように、イッチーが1の桃パフェをゲットする。
「なんだよもうー! 砂漠でもっとも嬉しいアイテムじゃねーよ! 砂漠じゃねーし、俺は砂漠でも桃パフェ食いてえよ!」
「まあまあ、もしかしたら気品に満ちた水っつーか、たとえるとアルプスのハープを弾くお姫様が飲むような味っつーか、スゲーさわやかかも知れないだろ」
ようやくアートな顔から生気を取り戻した大ちゃんに気休めの言葉をかけ、注文して席につく。
隣の席では期間限定のまるごと桃パフェを頼んだ客が、桃の種を取り除いて、中に生クリームとカスタードクリームを詰めたイチオシの商品を食べて幸せそうな顔をしている。
「鬼だ。鬼の所業だ。きっと桃太郎の鬼は、人間が羨ましかったんだ。俺は今、鬼の気持ちがモーレツにわかった!」
大ちゃんが恨めしそうに言う。
「鬼の気持ちがわかっても、物語の主役は桃太郎でしょう? 桃太郎の気持ちを知るべきでは?」
それをイッチーが切り捨てる。
「ちょっと待って……。桃太郎をベースに物語を作れって言われただけだから、桃太郎が主役である必要は無いよ」
俺は大ちゃんに助け船を出しながら何かがひっかかっていた。
「だろ? 俺は鬼の視点で桃太郎を描くぜ」
「でもそれはすでに桃太郎って題名じゃなくて桃太郎の鬼って作品になる。それに悪事を働く動機が妬みや嫉みじゃ主役としてダサい。むしろ悪だし敵だ。そんな身勝手な理由で人を傷つけるなんて、この桃太郎が許さん!」
「よろしい、ならば戦争だ。力で奪え、情けは無用!」
大ちゃんが譲らず突っかかってくる。
上等だ。
中学の頃に2人でやったディスカッションを思い出した。
お互いの立場で状況や戦略を主張し、交互に物語を展開していく。自由な発想とアドリブが要求されるうえ、波長の違う相手とは、理解し合えなかったりケンカになったりする。
俺は周りの目や時間を忘れて、大ちゃんの勝負を受けてたった。
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