第31話 悪とは
竹田にウメさんと俺たちの関係、俺たちがドリーマーズラウンジに集う夢を追う仲間だと説明すると、あの日の事を語りだした。
「借金返済の目処が立った俺は、担当の佐々木に連絡した」
「返済したのなら領収書は貰ったんですか? 捨ててないですよね?」
「まあ聞け、順を追って説明する」
話してくれる気になった竹田を急かしたが、話しながら状況を整理するつもりか、なだめるように俺に言うと話しを続けた。
「借りた金を耳揃えて一括返済した俺に佐々木が言ったんだ。提案があると」
「提案?」
「それはドリーマーズラウンジに近付くなというものだった」
「は? それはこっちがあいつらに言いたいことじゃないですか。顔面凶器みたいな人間にうろつかれたらお客さん来なくなりますよ」
実にバカバカしい提案だ。俺ならそんな提案をされたら、失笑の上嘲笑して冷笑していた事だろう。やつらの見えないところで。
「当然俺もそう言ったさ。だが、俺を店に近付けたくない人間がいると聞いた。店のイメージに関わるから本当はいなくなってほしいと思ってる人間がいるって」
竹田が肩をすくめてうつむく。確かに竹田の風貌は清潔感を感じないものだったが、それでもドリーマーズラウンジには、そんなことを言う人間がいるとは思えなかった。
「例えそう思っている人がいたとしても、それを口にする人間がドリーマーズラウンジにいるとは思えませんよ。あいつらのデマカセなんじゃないですか?」
「そうだろうな、思っていても梅田は言わないだろう」
「まさかウメさんを疑っているんですか!?」
ウメさんに限って絶対に言わないし、思いもしないはずだ。俺と大ちゃんを金内さんの所へ行かせて、その間に大賀の件を処理するなど、俺が知るより深い考えをする人かもしれないが、他人を悲しませるくらいなら自分が犠牲にするような、そんな人だと俺は思う。
「いいや、言うとしたら梅田しかいないというだけだ。何より俺がそう思っていたんだ。俺はいない方がいいんじゃないかって」
「なんでそんな考えを……ウメさん本人に聞けばいいじゃないですか」
「俺の友人が麻薬所持で捕まったんだ。その事を梅田に打ち明けて、俺もしばらく店に顔を出さないようにしようかと相談したよ。そうしたら梅田は笑って答えた。大切なのは、夢を追わせてあげたいという気持ちと、応援する為の行動なんだって。周囲が何を言おうと関係ない、ハゲるから余計な考えは捨てろってな」
「ウメさんカッケー!」
大ちゃんが称賛の声をあげた。俺は竹田の頭はすでにハゲ散らかっているから、いっそ綺麗にハゲたほうがいいんじゃないかと思ったが、さすがに空気を読んで胸の奥にしまいこんだ。
「だったらなんで姿を消したんですか」
「だからだよ。俺は梅田の夢を応援しようと思った。俺がいないことで少しでも店に迷惑がかからないなら、そうすべきだと思ったんだ。店に俺がいる必要は無い。仕事が無い俺に梅田が仕事をくれただけだ。そこに佐々木が仕事を紹介してくれると言った。紹介先で働けば、佐々木も店にはむやみに近付かないようにすると約束してくれた。逆に言えば俺が提案を受けなければ嫌がらせをする可能性があるという事だ」
「それで飲んだんですか」
「そうだ」
「あんなうさんくさいやつらの提案なんて! 何か企んでるに決まってる!」
「だろうな。そもそも、やつらに金を借りた時点で間違いだったんだろ。関わるべきじゃなかった。だが関わってしまった。それに当時はどうしても金が必要だったんだ」
関わってしまった。竹田さんが佐々木の提案を受けようと受けまいと変わらない。佐々木は、自身の為だけに、ウメさんの人の良さにつけこみ、利用し、踏みつけ、搾り取るつもりだと言いたいのだ。
企みがあろうとなかろうと関係ない。いま出来ることは、被害を最小限にするか、あるいは……
「竹田さん、何か考えがあるんでしょう?」
「店には佐々木じゃなくて大賀が取り立てに来るようになったのか?」
「そうです、大賀はうちの人間じゃないとも言っていました」
「そうか……。ひとつ、頼まれてくれるか?」
竹田さんは被害を最小限に食い止めるのではなく、佐々木を潰す計画を立てているのではないか。俺はそう感じ取った。
「なんですか?」
「連絡先を教えておく。必要なとき以外は使わないで欲しいが、何かわかったら連絡してくれ。それと……これを梅田に渡してくれ」
「竹田さん、何をしようとしてるんですか? 手伝わせてください」
「……梅田を頼むよ」
竹田さんはそう言って立ち去ってしまった。俺たちは唖然として立ち尽くすだけで、引き留めることは出来なかった。
竹田さんから教えられた連絡先と、「梅田へ」と宛名の書かれた手紙だけが、俺たちの元に残った。
結局はっきりとした真相は分からず、謎が深まる結果となった。俺たちは大原美術館を出てイッチー達と合流し、集合時間に遅れた理由を説明した。
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