第30話 こころあたり
これは尋問や交渉ではない。ただ話を聞くだけだ。知らないことを先生に質問するようなものだ。
ドリーマーズラウンジの金を持ち逃げした理由と、金を返してくれる気持ちがあるかどうか知りたいだけだ。
窃盗の罪で刑務所にぶちこみたい訳ではない。そんな事をすれば犯罪者が働いていた店だと知られて、悪いイメージを持たれてしまう。お金さえ戻ってくればそれでいい。
なのに、竹田ときたら口をギュッとへの字に結んで腕組みをしている。次第に眉間にシワを寄せて貧乏ゆすりまで始めた。
生徒に対する態度じゃあ無い。竹田の心は銀行の金庫並に固く閉ざされている。まるで「絶対に金は返さん」と言わんばかりに。
3人で取り囲むとオヤジ狩りみたいだし、余計に口を閉ざしてしまうから、大ちゃんとワッキーには逃げ道を塞ぐ形で少し離れてもらって、俺は竹田の右隣に腰をおろした。
心理学的に正面にいると敵対心を煽ってしまうし、左の耳から伝わった音声は右脳に処理され、否定的な感情に同調してしまう。逆に右耳から入った言葉は左脳に伝わり、ポジティブな感情に同調する性質がある。
「初めまして、僕は大ちゃんの友人の星野こころです」
俺が握手を求めて手を差し出すが、竹田は黙ったまま、それを無視した。
当然だが相当警戒している。まずは警戒を解くことから始めないといけない。
握手を避けられた事に傷付き、さも残念がっているように装って、手を引っ込めてしばらく待つ。隣に座る子供に対して冷たい態度を取った事に罪悪感を感じるように。
「何なんだお前たちは、俺に何の用だ!」
沈黙に耐えかねたか、それとも罪悪感を感じたか、竹田がへの字口を開いた。
「僕たちが竹田さんに会いたかったのは、聞きたいことがあったからです」
「何を聞きたいって言うんだ」
俺はまっすぐに竹田の目を見つめて答えた。
「わかりませんか? 心当たりが無いとでもいいますか?」
「無いな! まったく見当もつかん!」
目が合っても竹田は視線を外さず睨み返してきた。まるで後ろめたいことなど何もないと言うように。
人間の目は過去の事を思い出すとき左上、今までに見たことの無いものを想像するときは右上を向くと言われている。
また、隠したい事や触れられたく無い話題の時はまばたきが増え、嘘を隠す時、男性は目をそらし女性はじっと目を見つめる。
全ての人間に当てはまるわけではないし、利き腕によっても変わったりする。だが竹田の言動は、やましさを感じない堂々たるものだった。
ウメさんからドリーマーズラウンジの金を持ち逃げしておいて、この態度。予想以上の悪党なのかもれない。
「ウメさんは言ってました。竹田さんは何か事情があって姿を消した。裏切るような人間じゃないんだって」
「梅田か……。アイツはお人好しだからな。人を疑うことをしないやつだ。誰かが側にいて助けてやらないと、今の世の中すぐに悪党のいいようにやられちまうだろうな」
ウメさんの名前がでると、竹田の貧乏ゆすりが止まって眉間のシワが和らぎ、心から心配するような口調になった。
「じゃあどうしてウメさんから離れたんですか?」
「それを知ってどうする。おまえたちには関係の無いことだ」
竹田は急に冷たい口調になって言った。
これだから大人は嫌なんだ。いつだって子供扱いして真実を隠してしまうんだ。サンタの存在や、いいひとが騙され痛い目に遭う世の中だってのに、いい人になれって教育するんだ。
「関係ありますよ! アンタが金を持ち逃げしたせいでウメさんやドリーマーズラウンジがどれだけ苦労してるかわかってんのか!」
思わず立ち上がって大声を出してしまった事に自分でも驚く。大ちゃんが心配そうにこっちに近付いてくる。
頭を使って交渉してきた事が台無しになった。話し合いの場で感情的になっちゃあおしまいだ。
「俺が金を持ち逃げしたってどういう事だ? 借金は返したし犯罪者と関わりのある俺が姿を消したんだから、店は何の問題も無いはずだろう?」
「自分で金を盗んでおいて、しれっと何を言ってるだぁーッ! 許さんッ!」
「お、おいこころ! 落ち着け!」
大ちゃんに止められなかったら俺は竹田が泣くまで殴るのを止めなかったかもしれない。
竹田は金を持ち逃げなんてしていなかった。
事務所に乗り込んだあの日、竹田は犯人ではなくて、借金を2重に搾取する為に利用されているんじゃないかと突飛な考えに至った事を思い出した。
どうやら俺たちは、とんでもない思い違いをしていたようだ。
「竹田さんが借金の返済に行くと言って金を持ち出して姿を消した後、返済を請求しに大賀がやって来て、ウメさんは別の契約を結んだんです。本当に金を持ち出していないと言うなら詳しく説明してください」
「大賀か……担当は佐々木という男だったんだが姿を見せてないか?」
「事務所に乗り込んだ時に会いましたが、すでに完済していると追い返されました」
「なるほど、どうやら俺もとんだお人好しだったみたいだな」
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