第29話 悶えるほどアート
岡山県倉敷市名物、ぶっかけうどんの専門店。ふるいちから2日目が始まった。
昨夜、ワッキーが語ってくれたイッチーの物語については、誰も触れない。
寝ていて聞いていなかったか、照れくさいからか、誰も触れないからか。
ワッキーが今回のメニューボードを取り出して準備が完了すると、サイコロを振る順番をじゃんけんで決めた。イッチー、大ちゃん、ワッキー、俺の順だ。
1ふるいち定番メニュー
ぶっかけ470円
2満々満足1本満足
1本満足バー
3シンプルイズベスト
汁うどん370円
4ボリュームたっぷり
ぶっかけスペシャル870円
5来て良かった
ふるいちスペシャル870円
6明太子は添えるだけ
釜たまめんたい520円
リストを見るなり大ちゃんが言った。
「あれれぇー? おかしいぞぉ? 今回のメニュー優しくない? バファリンの半分が入ってるんじゃない?」
外れの出目が、ひとつしかない。さすがにカップ麺ばっかり食べていたワッキー。さぞ辛かったのだろう。
そんなワッキーの願いが通じたのか、結果はイッチーと大ちゃんが4、俺とワッキーが5で、誰も悲しい思いをしないものだった。
濃い目のだしつゆは甘みがあり、コシのあるうどんは、いままで食べたうどんを過去のものにするほど美味しかった。動画的においしくない流れでもワッキーは満足そうに、ようやくまともな食事だと喜んだ。
そして予定通り大原美術館に到着した。
俺たちは、ここでとんでもないものを目撃する。
「美術館の中でおしゃべりすると他の人に迷惑だから、それぞれ別行動して2時間後に出口で合流しようぜ。イッチー、2時間って長い?短い?」
「妥当な時間だと思いますよ」
合流した石川さとみと、積もる話もあるだろうと思い、俺は提案した。
パルテノン神殿みたいな神々しい入り口に圧倒されながら、怪盗ルパンならどうやって盗みに入るだろうか、変装して侵入かなどと不謹慎な妄想を描きながら、先人達の残したアートの森へ迷い込む。
実業家の大原孫三郎が児島虎次郎と共に集めた数々の名画に感化されつつ、例え全て贋作でも気付くことは無いだろうと思った。
それは真偽や価値は無意味で、創作すること自体への限りない尊敬の念をもたらした。
展示されなかった作品や、誰にも知られず埋もれていった多くの作品だってあるのだ。
大ちゃんが名画から構図をのヒントを得れば、作者の時代や環境などの背景に様々な人生があった事を感じるワッキー。
同じ作品でも与える影響は様々だ。俺たち以外の人達は何を思い、何を感じているのだろうか。
例えばエル・グレコの描いた受胎告知の前で佇む、以前イッチーの描いた竹田の似顔絵に良く似たオッサンは何を求めてここにいるのだろうか。
「あれって……竹田じゃね?」
いつのまにか大ちゃんが隣に来て呟いた。
「ハハハ……バカな、どうして岡山にいるんだよ、そんなわけないだろ」
「あれ? あの人竹田さんじゃないですか?」
ワッキーもやって来て言う。俺は万が一本物の竹田だった場合を想定して、大ちゃん逃げ道を塞ぐよう出口方面の通路を指し示し、自分は入り口方向の通路に陣取る。
俺が頷いて合図を送ると、ワッキーはそっと近付いて声をかけた。
「あの……竹田さん?」
声のする方に振り返り、ワッキーの顔を見ると大きく目を見開いて「なんでここに!」と驚いた。
次いで視線を出口方面にやり、大ちゃんが不適な笑みを浮かべながら手を広げるのを確認すると、声をかけたもののどうしたらいいんだろうと戸惑うワッキーを押し退けて俺の方へ猛烈にダッシュしてきた。
俺はといえば、関係ない客を演じながら壁に寄りかかってスマホを操作するフリをして道を譲ると、目の前を竹田が通る瞬間に足を差し出した。
竹田は大きくバランスを崩して地面にハグすると、痛みに呻きながら俺を恨みを込めて睨んだ。
「うすどーん!」
その上から大ちゃんが、さるかに合戦のうすどんかマリオのどっすんをマネして勢い良く腰をおろした、いや「うすどん」と言っているからどっすんではないな。
いまやコイツが本物の竹田だと確信を得た俺は、周囲の注目をこれ以上集めない為にもハッタリを含ませて囁いた。
「竹田さん、もう逃げられませんよ。イッチー達も出口にいます。話を聞きたいだけなんです。騒ぎを大きくしたくないでしょう? 観念してください」
野次馬やスタッフが来る前に、俺たちは睡蓮の池まで場所を移した。
聞きたいことは山ほどある。
岡山にいる理由、逃げようとした訳、どうしてドリーマーズラウンジから姿を消したのか、そしてなぜウメさんから金を持ち逃げしたのか。
子供みたいに素直に聞いたって、大人は質問に答えたりしない。適当にはぐらかされる可能性がある。
発言には慎重になる必要がある。何もかも知っているような顔をして、自ら真相を喋って貰うのがベストな方法だろう。
上手くできるか自信はないが、最善を尽くさなければ。真相にたどり着くために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます