第26話 憎きサイコロ

朝の仕込みを終えてから合流することに決まった石川さんの参加を心から歓迎し、満を持して今晩の食事を選び、ハンバーグ弁当を手に取るとワッキーが俺の手を掴み、首を横に降った。


「あ、やるの? 例のアレ」


いつのまに準備したのか、ワッキーはサイコロの出目とメニューが表示されたスマホの画面を差し出してきた。


1・定番中の定番!

のり弁豚汁付き


2・せっかくだから豪勢に!

ステーキ弁当


3・ここはやっぱり

唐揚げ弁当味噌汁付き


4・え? またなの?

カツ丼


5・嘘でしょ

カロリーメイト


6・許してください……。

カップラーメン


メニューのリストを確認するなり、俺は不満の声をあげた。


「ちょっとー、ハンバーグ弁当が無いじゃない。ダメだよー、もうハンバーグ腹になっちゃってるもん」


どれが出ても食べたいものが無いのでは、モチベーションが上がらない。岡山まで来て、カップラーメンが夕食になってしまうリスクがあるのだから、ハンバーグ弁当をリストに入れてもらわなければ。


「サイコロで出た数字のご飯食べるんですか? 楽しそう!」


石川さんが期待に満ちた表情で目を輝かせる。そう、これは見ている分には楽しそうなのだ。だがハズレを引いた時の惨めさはサイコロ恐怖症になってもおかしくない。


くだらないゲームが故の、絶対に譲れない戦いがココにある。


「じゃあ今回の当たりメニューがステーキ弁当なので、見事ステーキ弁当を引き当てた場合に、ハンバーグ弁当を選んでも良いことにしましょうよ。ね!」


こういう時の、女性の「ね!」には、抗えない凄いパワーがあると思う。


順番はデミカツ丼の時と逆にワッキーから振ることになった。


アプリ上のサイコロは出目に偏りがあると主張し、コンビニで買った本物のサイコロを転がすと、運命の数字が天を仰いだ。


「うわーマジかよワッキー最悪だなあ!」


「嘘だ……夢だろ……これ……夢に決まってる……!」


膝から崩れ落ちるワッキーに、大ちゃんが子供をあやすかのように声をかけた。


サイコロは黒い丸が3個ずつ2列に渡って並んでおり、紛れもなく『6』だった。


俺たちは「カカカ……! ところがどっこい……夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!」などと言えるはずもなく、どんな悲惨な結果になっても笑いながら「マジかよー! 聞いてないよー!」と言える芸人さんってすげぇんだな。と実感した。


だからこそ俺は、ワッキーの肩をポンと叩くと、予想以上の落ち込み具合に疑問顔の石川さんに、出来るだけ深刻にならずに説明した。


「こいつ、昼間のデミカツ丼食べた時も6出してカップ麺だったんですよー、マジ信じられない引きですよね」


「えーっ! そうなんですか!? うわー、2回連続はキツイですね」


その後イッチーが4を出して「またカツ丼かー」と言うが、ワッキーよりマシなのでサラリと順番を譲った。


そして俺の番。


「ワッキー、俺が仇を取ってやるからな!」


恐怖に負けぬよう意気込み、小さく四角い立方体を敵視しながら手放すと、賽はカッカッという小気味良い音と共に跳ね回り、皆の視線を集めて停止した。


「嘘だ……夢だろ……これ……夢に決まってる……!」


余計なことを言ったせいなのか、敵意が伝わった結果なのか、奴はカロリーメイトを告げていた。


「それさっきの脇野さんのセリフじゃないですかー! っていうか、せっかく来たのにウチの弁当食べないってどういうことー?」


俺たちのテンションはガタ落ちだったので、石川さんが華麗なるツッコミで場をなごましてくれて本当に助かった。


もういい、もう帰ろう。


「ちょいちょいー! 俺がまだ振ってねーから!」


出口に向かう俺を大ちゃんが引き止める。


「もういいじゃねーか、カップ麺で。もういい、もう休もう」


「良くネーヨ、俺がステーキ弁当引いたら1切れ分けてあげるから良い子にしてな」


キメ顔でステーキ弁当を狙うが、結果は『1』の豚汁付きノリ弁で、なんとも盛り上がりに欠ける幕切れとなった。


弁当屋を出てコンビニに寄り、カロリーメイトとカップ麺を買ってお湯を入れると、ワッキーはカメラをイッチーに渡して、サイコロに敗北した2人を背後から撮るようお願いする。


「うーん……イッチー、もう少し離れた所からお願い」


「承知しました」


俺はワッキーの隣に荷物と疲れきった腰を降ろして質素な晩餐の封を開けた。


「なあ、ワッキー。なんかスゲーマジに撮影してるけど、何か考えがあるの?」


「……。変に意識しちゃうと自然な映像が撮れないので黙ってましたが、この旅の動画は、編集してネットに上げようと思ってます。こころさんと大賀さんの契約の件は、梅田さんが別の契約を結ぶことで処理しちゃったから、こんな事必要ないかもしれませんが、ドリーマーズラウンジや、みんなの作品とか活躍を宣伝出来たら良いと思って……」


「ん? ん? ん? ちょっと待って、どういうこと?」


「勝手なこと考えててスミマセン、今の時代、どこから注目されるか分からないので、自分なりに出来ることをしたくて今回の企画を」


「うん、うん、違う違う、撮影の件じゃなくて、ウメさんのくだり。大賀が契約に来ないのは、ウメさんが何かしたの?」



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