第23話 心頭滅却
1回目のトイレ休憩で立ち寄ったサービスエリア。俺は大ちゃんを起こさぬように、そっとバスを降りた。
気持ち良さそうに眠る大ちゃんを除いて、イッチーとワッキーも降車していた。
さすがに、車内では撮影を遠慮していたワッキーだが、バスを降りるなりビデオカメラを構えていた。もう、何も言うまい。
「いかがですか? 初めての夜行バスは」
イッチーが近付いてきて感想を求めてきた。
「そうだね、思っていたより快適だよ。アイマスクと空気枕のおかげであっさり眠れたしね。ただ、ちょっと乾燥するかな、ノドが痛いよ」
「それは良かったです。ボクが初めて夜行バスを利用した時は、上手に座るコツがつかめなくて、おしりが痛くて大変でした。車内は乾燥しやすいですからね、マスクありますから使ってください。かなり楽になると思いますよ」
普段マスクをしないので、たまに使うと耳が痛くなるが、何度も夜行バスを利用して慣れている先人の助言は、素直に聞き入れた方がいい。
「そういやイッチーは、どうして岡山から引っ越してきたんだ? 学校の為とか?」
「そうですね、志望校が1番の理由ですかね。こっちは、お仕事のチャンスも多いですし、例えば似顔絵を描くにしても、地元とは数が違いますしね。でもボクが描きたいのは、機械とか無機質な物体なんですよ。人の手によって作られた物をたくさん描きたいんです。例えば車の内部構造とか、見たことありますか? ボクの創造力には無い複雑なパーツがいっぱいあって、見るだけでワクワクするんです。そういった最先端の技術が詰まった物に出会う為には岡山じゃ限界があったんです」
「インターネットが普及したとはいえ、デジタル画像で見るのと肉眼で見るのは違うもんなあ」
出発時刻までイッチーと雑談して過ごし、席に戻って眠る準備を整えると作品の内容に考えを巡らせながら目を閉じた。
眠ってしまえばどうという事はない。
そう思っていた時期が俺にもありました。
眠れない。
おしりが痛い気がする。
眠れないと、何もせずに座って時が過ぎるのを待つ。という事が、これほどキツいのかと実感した。普段ならスマホや携帯ゲーム機などで時間を潰すところだが、バスの中で光の出る画面を操作するわけにはいかない。
いまやスマホや携帯ゲーム機が無かった頃、どう過ごしていたのか思い出せないくらいに依存してしまっている。
高速バスや観光等のバスは、国土交通省の規則で、2時間おきに休憩を挟まなければいけない。
この規則に俺は助けられた。これがなかったら、俺のおしりはもっと悲惨なことになっていただろう。
サービスエリアまで、あと少しだというのに、長時間の同じ姿勢で同じ部分に負担がかかり、ついにおしりが悲鳴をあげた。
重心を変えようと座り直したくても狭くて自由に動けない。
身体を一寸法師くらいに小さくすることが出来たらどんなにいいか。俺は座面の上で手足を存分に伸ばして寝転がる映像をイメージして、痛みから逃避を試みたが効果は薄かった。トイレの個室の方が、よっぽど快適に過ごせるってもんだ。
「大丈夫か? こころ」
寝床が定まらない猫と同じぐらい、俺がモゾモゾと動いて落ち着きがないので、さすがの大ちゃんも目を覚ましたようだった。
「ごめん、起こしちゃったか」
「具合悪いのか? マスクなんかしちゃって」
「いや、これは車内が乾燥するからってイッチーがくれた。大丈夫だよ、今のところは。問題なのは、俺たちの冒険は始まったばかりだって事だ」
俺は、サービスエリアに着くと足早にバスを降りた。
「ふぃー、地味に来るなーこれは」
「平気か? こころ」
今回は大ちゃんも降車して様子を伺ってくる。眠ってしまえば気にならないのだろうが、眠らなければと思えば思うほど眠れなくなる。
「まだ先は長いからな、これくらいで根をあげるわけにはいかないさ」
「俺の窓際の席と替わろうか」
「それ車酔いの対処法な」
俺はイッチーが降りてくるのを待って、さっき言っていた『上手に座るコツ』を教えてもらう。
イッチーが言うには、体重が同じ場所にかからないように重心を常に動かすことと、おしりで座るのでは無く、ふとももで座って、重さを支える面積を増やすことが大切らしかった。
次のサービスエリアに着く頃には、大ちゃんまでも「ケツに違和感がある」と言い出し、助けを求めるようにバスから転げ降りた。
「痛いし寝れないんだよ、バスで寝れないんだよ。俺たち、もうダメなんだよ。ワッキーも初めての夜行バスだろ? 何で平気なんだよ」
平然と撮影を続けるワッキーに向かって、ビデオカメラごしに問い掛けると、ゆっくりと録画を停止させ、この旅が始まってから初めて口を開いた。
「変なお願いだと思うかもしれませんが、とても大事なことなんです。すべてが終わった時に全部説明します。どうか、それまでは無口なカメラマンでいさせてください」
「……なんだか良くわからないけど、俺が急に誘ったんだしな、何か考えがあるんだろ? いまはワッキーを信じるよ」
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