第22話 こころ、出発

俺たちは新宿に来ていた。


オレンジ色の街灯がロータリーを照らしていて、夜中だというのに明るい。


出発の時刻まで10分も無いが、岡山行きの夜行バスは、まだ到着していなかった。


インターネットから予約した時には、半数以上の席が埋まっていた。だけど集合場所には他の乗客らしき影は見当たらない。


「はらへってきた」


無事に岡山に着けるのか。なんて心配している俺がバカみたいに、大ちゃんがのんきにつぶやく。


「そこにコンビニあるよ。バスの中でぐーぐー鳴ったら迷惑だから行っといで」


「そうだな、ちょっと行ってくるわ、荷物頼んだ」


俺は保護者みたいな口調になって言った。大ちゃんが自由気ままに行動するのは、俺がしっかり者をるからかもしれない。


とは言え性分なのだから仕方がない。荷物を置いて走り去る姿を見送って、俺はイッチーに「集合場所、本当にここ?」と確認する。


「そうですよ、5分前くらいになれば他の人も来ると思います」


「そういうもんか」


こういう時、勝手を知っている人間がいるのは心強い。イッチーに案内を頼んで本当によかった。


「イッチー、案内を引き受けてくれてありがとな」


「いえいえ、こちらこそ帰省する口実が出来ましたし、お気になさらず」


今回の貧乏旅行で、寝泊まりする場所をどうするかが大きな問題だったのだが、イッチーの実家で部屋を都合してくれることになり、俺たちは野宿から解放された。


今回の旅においてイッチーの存在は大きかった。


その後ろで、どんな些細な表情も逃さないつもりか、無言で撮影し続ける男がいる。


「ワッキー、岡山での思い出を撮影して欲しいだけだから、今は撮らなくてもいいよ」


「オープニングトーク撮らないんですか?」


「オープニングトークって、バラエティ番組じゃ無いんだから必要ないよ。岡山で、見逃したり聞き逃したりしたとき、動画があると便利だし、何か事件に巻き込まれても証拠やヒントになるかもしれない。名探偵の孫だって仲間が撮影しているし」


「そうですか、僕はてっきり動画サイトに投稿するのかと思ってました」


なるほどそれは、ドリーマーズラウンジの宣伝になるかもしれない。


だけどインターネットに素顔や個人情報を晒すのは危険を伴う。


「それはそれで面白そうだね、その時は別撮りでオープニングトークだけ撮ろう」


それでもワッキーは撮影を止めないので俺は考えるのを止めた。


「いやーコンビニって、ついつい余計なもの買っちゃうよねー」


大ちゃんが戻ってきて時刻は5分前。ようやく他の乗客もやって来て列を作っていく。


バスが到着すると、荷物を預けて乗車が始まる。入り口横に座席表が貼ってあって、俺と大ちゃんが真ん中で、イッチーとワッキーは

後ろの方だった。


座席にはブランケットが置かれ、リクライニングが予め適当な位置に倒されていた。


後ろの人を気にして座席のリクライニングを倒せない人に配慮した、バス会社の粋な計らいだろう。


これから10時間ほどの足を伸ばせない苦行が始まると思うと、初体験のワクワクで胸が踊る反面、少しだけ嫌な予感がしていた。


岡山に着いたとき、俺のおしりは無事なのだろうか。


「いよいよ出発かあ! 興奮してきたぜ」


「お、おう。頼むから落ち着いてくれ」


期待に胸を膨らませ、このまま夜通し喋りそうな勢いの大ちゃんをなだめる。到着時刻が朝なので、出来ることなら寝ておきたい。


「桃太郎も鬼退治に行くときは興奮で眠れなかったんじゃないか?」


「どうだろうな、剣豪ってイメージは無いし、鬼に殺されるかもしれないって恐怖を感じてもおかしくないよな」


「桃太郎は強いだろ? 強敵に会うとワクワクするタイプじゃねぇかな」


「桃は宇宙から来た説か、ありだな。鬼だっていろんなやつがいて、中には良いやつだっていただろうし、家族がいたりするんだろう。やってることは悪いことかもしれないけど、事情があったかもしれないな。そんな鬼を殺しにいく桃太郎は、見る角度によっては悪かもしれない。宇宙から地球を征服しに来たとすると、鬼って人間のことかな」


「岡山には鬼の城があるらしいぜ、鬼ヶ島に引きこもっているんだと思ってたけど、城主だったって説もあるんだな」


アイマスクや空気枕を準備しながら、バスが動き出すまで桃太郎について考える。


桃太郎が宇宙人だとすれば、仲間が人間じゃなくて動物ってのも納得がいく。


当時の人間は兜や鎧で武装していただろうし、鬼のツノって、ちょんまげの事かも。


「本日は、当バスをご利用いただきまして、まことにありがとうございます……」


車内放送が流れ、バスが出発して消灯時間を迎えても、俺は金内さんに提出する作品の事を考えていた。


2時間後に目を覚ますと、パーキングエリアに到着したことに気付いた。


どうやら眠れないかもしれないという心配はいらなかったらしく、あっけなく眠ってしまったらしい。


口を開けて眠っている大ちゃんを起こさぬように、俺はバスを降りた。

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