第21話 そのこころは

ドリーマーズラウンジでは、今日もウメさんが少しでも多くの夢が叶うことを願いながら、店を開けて待っていた。


年中無休で、1日のほとんどを店で過ごしているウメさん。家に帰るのは眠るときだけだ。


あるとき、大ちゃんが「いっそココに住んだらどうッスか」と本気か冗談か分からないような意見をウメさんにぶつけたが、穏やかに微笑みながら「もし僕がココに住んだら、体臭とか生活臭がしちゃうかもしれないからね」と、これまた本気か冗談か分からないような返事をしていた。


格好つけて「仕事と私事を一緒にしたくない」とか言わないところが、ウメさんらしくて素敵だと思った。



「それじゃあ桃太郎を題材に、金内さんが納得する作品を提出しなきゃならないのかい? こりゃ大変だ」


ウメさんは、まるで自分のことみたいに驚いて目を丸くした。


「そうなんですよウメさん! それでね、俺たち岡山に取材に行こうと思うんですよ」


「ええ!? 岡山まで行くのかい!? 遠いじゃないか、こりゃ大変だ」


リアクションの良さに気を良くした大ちゃんが身を乗り出しながら報告すると、今度は飛び上がりそうなほど驚くのだった。


「いいなー、あたしも旅行いきたーい」


背後から魂を浄化するような美しくも聖なる音色が聞こえ、振り向くと弾けんばかりのお、笑顔を携えた天使が降臨していた。


分かりやすく言うと、冬子さんがいた。


俺は束の間、冬子さんとの岡山旅行という妄想に夢を膨らませたが、鼻の下が伸びきる前に現実へと戻り、「観光じゃなくて取材だから楽しめないですよ」と丁重にお断りした。


俺たちには金がない。


東海道新幹線ではお馴染みの、時代の先端を行く雑誌「ウェッジ」だって読めやしないし、夜眠るのに枕や布団は存在しないのだ。


お風呂もシャワーも無い、人間らしい最低限の生活を送れない貧乏旅行に冬子さんを付き合わせるわけにはいかない。


「えー、行きたかったなー、残念」


冬子さんは、貧乏旅行でも構わないと言うので、知らない土地で道に迷って歩き回る可能性や、野宿も辞さない決意を告げると、ようやく諦めてくれた。


「いつか、立派な作家になって、どこでも行きたいところへ連れていってあげますよ」


というセリフが沸き出そうになったが、勇気が湧き出ず言葉を飲み込んだ。


「長距離トラックの運転手と交渉しようかとも思ったんですが、いまの時代どんな犯罪があるか分からないですからね、行き帰りは夜行バスになると思います。食事はコンビニの廃棄弁当を分けてもらおうかと思ったんですが、いまの季節どんな食中毒があるか分からないですからね、宿泊費と交通費を抑えた分、食べるものくらいは自由にするつもりです」


「へぇー、やっぱり楽しそうだなー。そういえばイッチーは、岡山出身じゃなかったっけ」


冬子さんがイラストを描いていたイッチーに話題を振ると、イラストを描いていた手が止まり、ゆっくりと顔をあげた。


「覚えていて頂けたとは光栄デス」


顔を真っ赤にして照れくさそうに答えるイッチー。冬子さんと会話ができた今日は、幸福に包まれた1日であり、安らかな眠りにつける事だろう。


分かりやすく言うと、イッチーも冬子さんの魅力にノックアウトされた1人だってこと。


「不肖、市川倫由。よろしければ観光案内致しましょうか」


普通に考えれば、ありがたい申し出だけど、冬子さんに会えるドリーマーズラウンジの仲間であることは、冬子さんを想うライバルでもあるということ。


浦田さんだって大ちゃんだって、冬子さん目当てに決まっているのだ。


イッチーにとって俺は邪魔な存在かもしれない。最近急浮上してきた俺を岡山で始末する為、という可能性は……


「おお! イッチー! 話がわかるじゃねーか!」


俺のくだらなくも恐ろしい妄想を、1ミクロンも考えるはずもない大ちゃんが手放しで喜んだ。


自動販売機でジュースを買うとき、詰まったり、壊れたり、まともにジュースが買えない事を懸念して10円から入れるタイプの俺とは根本的に何かが違うらしい。何も考えずに100円から入れる大ちゃんの無邪気さは眩しかった。


そこで俺は、イッチーの横で仲間に入りたそうにしているワッキーに声をかけた。


「ワッキー、カメラマンやらない?」


「カメラマンって?」


舞台の脚本家を目指しているワッキーに、カメラマンを頼むなんて何を考えているんだと言われそうではあるが、書いた脚本を演じる人間がいて、それを撮影する人間がいる。


俺はコミュニケーション能力の低い小説家だと自負しているからいつも1人だが、ワッキーは複数人で作品に挑む。


ならばカメラマンとも交流があり、断られたとしても撮影してくれる人を紹介してくれるかもしれないと思った。


むしろ紹介して欲しかった。


「撮影して欲しいんだ俺たちの岡山取材の旅を」


「それなんてサイコロふるやつ? まあ、素人の俺で良ければやってもいいですよ」


俺の思惑とは少しズレたが、こうして俺たちの「岡山取材INサイコロの旅」が幕を開けた。

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