第20話 こころの闇

「だ、大ちゃん失礼だろ、プロの先生に素人の恥ずかしいネタ帳さらすなよ」


バカバカしいほど幼稚な思い付きかもしれないが、当時は画期的なアイディアだと信じて集めた物語の種。


映画を観たあと、漫画や小説を読んだあとに、自分だったらどんな物語にするか、沸き上がる創作意欲のもとに、思い付くままに記したアイディアノート。


志望校に落ちた大ちゃんに、餞別として託したソレを大切にもっていたらしい。


「ここを見てください、さっき金内さんが読ませてくれた設定と同じやつが書かれてるでしょう? 他にもゲームの中に入る物語とか、影に特別な能力がある設定の物語、いま世の中で出てる物語は、すでにこころが思い付いたことがあるものなんです」


懐かしい野菜の進化論、俺の場合は果物も同様に進化し、壮大な食物戦争を描いた作品だったが、金内さんの作品と比較されると、まとまりのなさが致命的だとわかる。


俺が思い付いたネタが、新しいアイディアの作品として報道されたり、評価を受けているのを見るたび、俺は「クソ、先にやられた」と歯がゆい思いをしていた。


最近では、飛べる鳥と飛べない鳥による差別問題をテーマにした物語を考えていたが、肉食動物と草食動物による差別問題をテーマにした映画作品として俺より数段上のレベルで完成されているのを観て落ち込んだ。


「ふーん、確かに発想力はそれなりにあるみたいね、でも結局先にやったもん勝ちなのが世の中よ。それに面白いアイディアがあっても、ソレを生かせなければ意味がないわ」


金内さんは心なしか悔しそうに言った。


「桃太郎をベースにした面白い作品、楽しみにしているわ」


挑戦的な微笑みを俺に向けると、金内さんはノートを大ちゃんに返した。


「それからこころくん、あなたには作家として大切なものが、ひとつ足りてないわ」


「なんですか?」


「自信よ。根拠がなくてもいいから自分に自信を持ちなさい。いつでもそのとき出せる全力で作品を作りなさい。答えなんて無いし、出来ることしか出来ないんだから、自分の作品に誇りを持ちなさい。そうやって自信作を世に送り出し続けた者だけが、好きなことでご飯を食べられるの」


初めて会った俺に、金内さんは真剣な表情で言う。耳が痛いほどの心からのアドバイス。


とはいえ、たった一人の言葉に考え方を左右されたり、たったひとつの考え方にとらわれては、複数の登場人物を描写できないし、面白い作品は生み出せない気がする。うのみにしてはいけない。常に多角的な発想を心がけなければ。


「わかりました。ありがとうございます。新しい桃太郎、持ってきます」


自信が無いわけではない、傲慢になりたくないだけだ。自分の才能にうぬぼれぬよう配慮し、日本人の謙虚さを美徳だと思いたいのだ。


おそらく海外では、そういった押しの強さや自信を持った売り込みが大切なのかもしれない。


大ちゃんみたいな素直な性格は、金内さんにも読者にも好かれるだろう。愛すべきキャラクターだ。どこの世界も何を考えているか分からない人間より、考えていることがわかりやすい人間が好きなのだ。


俺みたいな心のひねくれた人間は、決して好かれない。


正直に言おう、俺は金内さんのような自分の考えを押し付けてくるタイプは苦手だ。


だけどやるしかない。当然、読者にも同じタイプがいる。むしろそういう人が多いかもしれない。金内さんをクリア出来ないようでは、この世界で作家になろうなんて無理な話しなのだ。


俺たちは金内さんの家を出ると、紹介してくれたウメさんにお礼を言いに行こうと歩き出した。


「こころ! 俺、岡山行くわ!」


道すがら大ちゃんが高らかに宣言した。


突然の大声に、道のど真ん中で通行の妨げをしながら客引きしている飲み屋のバイトが振り返った。


バイトの男がカモをみつけたとばかりに近付いてくるので、急いで大ちゃんを引っ張って先を促す。


「唐突に何言ってんの?」


「リアリティだよリアリティ! 桃太郎の書くなら行こうぜ岡山、行くっきゃねぇよ!」


「興奮して噛んでんじゃねーよ、なんだよって! 物語くらいちゃんと言え」


「いいじゃねぇか、桃が喋ったって。その方が面白いだろ」


「物語を桃語って書いても、としか読まれねぇな」


いつもの調子で、くだらない話題の中に使えそうなネタがないか探っていく。


大ちゃんは俺の発想力がスゴいなんて言っていたけど、それを引き出しているのはオマエだと言いたい。


部屋に引き込もって考えていても駄作しか生まれないのに、大ちゃんとふざけあいながら話していると、書いてみたい題材を閃くのだ。


さっきも金内さんの前で、俺をかばってくれて、信じてくれて、ありがとう。と言いたい、けど言えない。


「ごめんな」


言えなくて。


「なんでだよ! 行こうぜ岡山! きびだんご!」


「きびだんご食いてえだけじゃねえか!」


そう言いながら俺は、やれやれと思いつつ旅費の算段をしてしまうのだった。

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