第19話 こころの試練

本物の金内さんに意見を聞くため、俺たちは作品を提出し、その評価が下される瞬間を手に汗握りながら待った。


「ダメね、全然面白くないわ」


グサリ、痛恨の一撃。


「これじゃ読者には何も伝わらないわ」


こうかは ばつぐんだ!


読み終えた金内さんから繰り出されたストレートな口撃は、俺たちの戦意をあっという間に葬り去った。


「まず、浦田くんの作品から言わせてもらうわね」


金内さんは、それぞれの作品のひとつひとつの言葉にアドバイスしていった。


俺は言葉も出ないほどに打ちのめされて、事細かに指摘してくれた助言のほとんどが、頭に入ってこなかった。


「でも金内さんの小説も何言ってるか分かんなくて読者に伝わってないんじゃないですか?」


大ちゃんが起死回生の反撃を繰り出した。大先生に向かって、正直な意見を言えるだなんて、そこにシビれる憧れる。


すると金内さんは古いノートを1冊取り出して「読んでみて」と言った。


それは子供向けに書かれた童話で、野菜の世界を題材にした物語だった。


人間が火を手に入れて進化せず、野菜が人間のように進化したなら、どんな世界になるかが書かれていて、わかりやすい表現で時にユーモアたっぷりに、主人公が夢を叶える王道の野菜物語。


「私はね、頭の中にある物語を文章にするだけなら、ちょっとかじった人なら誰にでも書けると思うの。漫画の絵も同じよ。リンゴの絵を描くのは子供にだって出来るわ。だけどプロは違うの。どう表現してどう伝えるかを考えなきゃダメ。そこに力の差が出るの。素晴らしい食材も料理人次第でマズくもおいしくもなるの」


金内さんは、普通の表現で物語を書くことが出来てもプロとしては足りないと言っているのだ。すでにたくさんの先駆者たちが様々な分野で素晴らしい作品を披露しているのだから、そこに新参者が入っていっても埋もれるだけだと。


「あなたたちに課題を出すわ。桃太郎は知ってるわね? 有名な物語だから知らなかったらググりなさい。その桃太郎をベースに、私が満足する物語を書いてきてちょうだい。そうしたら可能性を伸ばしてあげる」


上から目線で偉そうに、自信たっぷりに主張する様を俺は黙って聞いていた。反論する気力は無かったし、言い負かす自信もなかった。むしろ、こんな経験初めてで面白いとさえ思っていた。


素直で単純な大ちゃんはメモでも取りそうに前のめりになって聞いていたが、浦田さんは逆だった。


「世の中にプロとして物語を書いている人はたくさんいますよね、僕も永遠に書いていたいと思います。でも、人は死にます。書ける数には限りがある。どんなに素晴らしい作家にも世代交代の時がやってきます。僕はね、埋もれたいんですよ。歯車のひとつになりたいんです。数少ない傑出した物語よりも、凡庸な作品を量産したいんです」


浦田さんが珍しく熱く語るので、俺は思わず口を閉じるのを忘れた。


答えの無い論争に、金内さんは地図と連絡先を書いたメモを浦田さんに渡した。


「あなたには、私より溝口さんが適任ね。この人に教えを請うと良いわ。同じような考えを持った人よ」


「あ、ありがとうございます。行ってみます」


知ってる名前の作家だったのか、足取り軽く立ち去る浦田さんを見送ると、金内さんは俺の目をまっすぐ見据えた。


あなたはどうなの?


信念を持って、やっているの?


そう言っているようだった。俺も何か言わないといけないのだろうか。小説への熱き思いをぶつけないといけないのだろうか。


「俺には……何も無いです。流されるままにここまでやって来たっていうか……浦田さんや大ちゃんみたいな決意は無くて、なんとなく楽しいから今まで書いてきたっていうか」


「あ、そう。じゃあどこへでも流されていくといいわ。雨や川が流れる先は、どこに行くか知ってる? 低いところへ流れていくのよ。水蒸気となって天にも昇る為には熱が必要なのよ」


すると、それまで金内さんの言うことに同意していた大ちゃんが口を挟んだ。


「金内さん、こころは違いますよ。こいつはすげぇ才能を持ったやつなんです。金内さん風に言やあ沸きだす温泉みたいなやつで、いつか流れ流され大海原に繰り出すようなやつなんです」


「そう? 何でわかるの?」


「俺が信じてるからです」


大ちゃんは、ハッキリと断言した。俺は何でこんなことを言うのか理解ができなかった。


なんの根拠も無いのに。


信じてくれる友人がいるということが、これほど胸を熱くさせるものだと俺は知らなかった。


「で、具体的にどう凄いの?」


もうやめて! 俺のライフはゼロよ。


俺はもう帰りたかった。

でも大ちゃんはニヤリと笑って古びたノートを取り出した。


表紙にはヘタクソな大きい文字でアイディアノートと書かれていた。


そして俺は、そのノートに見覚えがあった。


「それ俺のノート!」


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