第18話 怒り心頭

金内さんが玄関の扉を開けたまま、両手を広げて歓迎の気持ちを表現するので、俺は今にも金内さんが「これでいいのだ」と言うんじゃないかと思った。


言わなかったけど。


「良く来たね、さあ入って。冷たい飲み物でも出そう。何が良いかね? アイスティー? 麦茶? オレンジジュースもある」


ファッションは、なんていうかアレだけど、金内さんの第一印象は、朗らかで気さくな人だった。


難しい顔をした偏屈な爺さんでも無ければ、日本語が通じないくらいぶっ飛んだ変わり者じゃなくて俺はホッとした。


玄関には脱いだばかりの金内さんの草履と、誰のものだろうか赤いハイヒールがある。


観葉植物が元気そうに育ち、靴箱の上には綺麗な花が飾られていた。


応接室へと続く廊下には、高そうな絵画や海外で受賞したのであろう英語で書かれた賞状が立派な額縁に入れられている。


「ウメさんから私に話があると聞いているよ、私なんかで力になれるか分からないが、何でも聞いてくれ」


通された部屋でルイボスティーを手の中で持て遊びながら、どう切り出したら良いか迷っていると、それを察した金内さんが声をかけてくれた。


俺たちは顔を見合わせて「やったぜ! 何て話のわかる人なんだ」と喜び、プロの作家になりたいという熱い思いをぶつけた。


金内さんは「うん、うん」と笑顔で俺たちの話を聞いて、若い頃を懐かしむかのように目を細めながら言った。


「思い出すなあ、私も君達の頃は同じような悩みを持ったものだよ。全然答えが見つからなくて、編集にボロクソ言われたっけ……」


そう言い終えると、内緒話でもするように声を小さくして俺たちに近くに来るように手招きした。


「実は小説において、すごい攻略法があるんだ。その法則を使えば、絶対に読者の心を掴める。小説だけじゃなくて漫画や映画。すべてのエンターテイメントに応用が可能な必勝テクニックだ」


「本当ですか!?」


「いや冗談」


「は?」


「そんなものがあったら、もっと有名になってる」


「あっはっはっはっはそりゃそうだ!」


大ちゃんは笑ったが、俺は疑心暗鬼が顔を覗かせていた。


「まあ遠慮しないで飲みなさい。この特製ルイボスティーは格別だから」


「いただきます」


浦田さんと大ちゃんは、金内さんにすすめられるがままルイボスティーを飲んだが、俺は嫌な予感がして飲んでいるフリをした。


「どうだい?」


金内さんが期待の眼差しで表情を観察してくるので、俺は飲んでいないが「おいしいです」と答えた。


他の二人も「おいしいです」と続ける。


「いや、味じゃなくてお腹の具合はどうだい?」


「え?」


「下剤入りルイボスティーの効き目はどうなのか聞いているんだよ。下剤を飲んだ人物のリアルな反応を見せてくれ」


「どういうことですか!」


俺が金内さんを問い詰めると、隣に座っていた大ちゃんがお腹をおさえてうずくまった。


「す、すいませんトイレどこですか」


大ちゃんが真っ青な顔で呻き声をあげる。


これはもう冗談じゃ済まされない。ウメさんに紹介して貰った大先生だって知ったこっちゃあ無い。


俺は怒りで拳を握って立ち上がった。


「こころくん、落ち着いて」


浦田さんの声だった。


下剤入りルイボスティーを飲んだとは思えないほどケロッとした表情で俺の肩に手を乗せて座らせて言った。


「僕は何ともないですけど、下剤入りってのは冗談ですか?」


「うん冗談、言ってみただけ。彼は思い込みが激しいタイプだね」


親友の大ちゃんを小バカにするように言うのを聞いて、俺は我慢の限界だった。


「さっきからいったい何なんですか!」


俺が怒鳴ると金内さんは驚いた表情をしたあと申し訳なさそうに謝罪した。


「すまない、今朝病院から連絡があってね……。母親が息を引き取ったって。つい自暴自棄になってしまって、八つ当たりしてしまった。君達は何も悪くないのに……」


「……そうだったんですか、大変な時にお邪魔してしまってすいません」


「うそ冗談。もしそうだったら私がここにいるわけないだろ? 病院にすっ飛んでいくさ」


「……」


全然反省してない。


逆に考えるんだ、頭のおかしい可哀想なやつなんだと。


俺は怒りを通り越して諦めの境地に達した。

こいつがどんな変人でも、世界的に認められた大先生である事は揺るぎ無い事実だし、だからこそ世界に通用する作家なんだ。


学び、盗み、糧にするのだと心に決めた。


「あの……トイレ……」


下剤の件は思い込みだとしても、便意は本物だったらしく大ちゃんが訴えながら部屋を出ていく。


すると水の流れる音がした後、大ちゃんが入ろうとしたトイレの扉が開いて優しそうな女性が姿を表した。


「ごめんなさい、お待たせしちゃったかしら、待ってたら急に魂を開放して夜を開けたくなっちゃって」


「まさか、あなたが金内明代さん?」


「そうよ? そっちは旦那の春夫」


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