第17話 小説家の心得を聞きにいこう
「ウメさん、俺はどうしたらプロになれますか?」
大ちゃんの為に書き上げたばかりの漫画原作『悪魔の正しい育て方』をウメさんに読んでもらったあと、勇気を出して聞いてみた。
ウメさんは子供みたいな俺の質問をバカにすること無く、いたって真面目に難しそうな顔で答えた。
「プロっていうのが何を指すのか分からないけど、プロになる方法に答えなんて無いんだ。どんなに素晴らしい作品を書いても、誰にも知られずに埋もれていく作品だってある」
普段は気弱で頼りない雰囲気のウメさんだが、作品について語る時だけは営業スマイルでは無く、真面目な表情をする。
「プロだから良い作品を書けるわけでもなく、プロでさえ良い作品を生み出す為に必死なんだ。僕に言わせれば作品を仕上げて人に読ませた時点でプロなんだよ」
近道や答えなんてものは無くて、書き続けてたくさんの人が読んだという結果があるだけ。
多くの人は途中で諦める。
小説を書くことで食べていけるなんて確証は無いし、将来に不安しか無いような夢を追い続けても、結果が出ないのが現実だ。
それでも少しでも多くの人に、伝えたい想いが届くと信じて書き続けるのだ。
「こころくんに圧倒的に足りないものは、経験だと思う。このあいだ非日常な体験をしたことが作品に表れているね。もっと色んな事を経験して作品の幅を広げればもっと良くなると思う」
ウメさんの言葉は、俺が傷付かないように遠回しに言っているが、まだまだ未熟だと指摘するものだった。
「そうですね……ありがとうございます」
完成したばかりの巣を壊された蜘蛛の気持ちは、いまの俺と同じなんじゃないだろうか。
「そうだ、僕の知り合いに現役の小説家がいるんだ。連絡を入れておくから会いに行ってみたらどうかな?」
「え?俺なんかが会いに行って良いんですか? 迷惑なんじゃ……」
「その人は同じ志を持つ仲間の事を迷惑だなんて言わないよ。むしろ小説のネタになるかもって喜ぶんじゃないかな」
落ち込む俺を励ますかのように、そう言ってウメさんは地図を書いて渡してくれた。何をどうしたら良い作品が書けるのか行き詰まっていた俺は、ワラにもすがる思いでウメさんの言う小説家に会いに行くことにした。
「僕も行きたいなあ、小説家の家」
いつものように黙々と小説を書きながらも聞いていたらしい浦田さんが突然申し出た。全ての事象を作品に取り込もうとする姿勢は尊敬に値する。
「面白そうじゃん、俺も行くぜ」
そこに、リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり、登場人物の心理を知る為なら、周囲の目も気にせずリーゼントにすることもいとわない大ちゃんを加え、3人で小説家の家を訪ねることになった。
「
ウメさんが言うには、知る人ぞ知るアングラ界の巨匠で、誰が読んでも意味がわからない作風は海外の画家を中心に人気を博し、何だか良くわからないけど創作意欲を掻き立てると評されているそうだ。
代表作の『夜の帳』では熊に襲われて怪我をしたレジスタンスの場面をこう表現していた。
男は魂を開放する為、いくつかの鍵を使って夜を開けて囁いた。
「靴擦れの痛みにハチミツを」
するとどうだろう、熊は大人しく従い冬眠のために確保していた寝洞を譲った。
これにより男は自己の精神を掌握し、人類の驚異へと変貌したのだ。
~『夜の帳』より抜粋~
実に意味が分からない。
また、なぜか称賛されている有名な台詞に「絵の中の悪魔は心の鏡であり、正義という額縁が拘束して恐怖を与えるのだ。額縁を外したところで、そこには部屋と観衆がいる。自由などは無いが、想像だけは解放の鍵である」というものがあるが、インタビュアーが説明を聞いても理解できなかったらしい。
ウメさんから金内明代が書いた小説を借りて、予習がてら読んだが、俺は途中で根を上げた。
ただ、創作意欲が沸き起こるのは感じた。それはもはや小説のジャンルを越えたアートであり、ピカソの絵を観た時に似た感情のざわつきとか、不思議の国に迷い混んだような感覚だった。
ウメさんに貰った地図を頼りに金内先生のマンションを目指す。
「どんな人なんだろうな、その金内さんて人は」
興味津々に言う大ちゃんの瞳は、期待に満ち溢れて輝いていた。
「プロの作家先生だからな、失礼の無いようにしないとな」
俺は初めて有名人に会う緊張で落ち着かなかった。
「まともな人は小説家になろうなんて考えないから、固定概念の外れた変人くらいに考えておいた方がいいかも」
浦田さんの予想は、むしろそうあってほしいという偏見に満ちた期待であったが、実際にマンションの玄関口に現れた金内明代は遠からず奇妙な格好だったた。
ファッションより機能性を重視した草履や、ステテコとダボシャツを着用し、冷え性対策に腹巻、汗や頭髪が目に掛かるのを嫌い手拭いを頭に巻いていて、およそ来客を出迎える格好とはかけ離れていた。
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