第16話 『悪魔の正しい育て方』後編

尻尾と羽根は手術で取り除くことが可能と診断され、ようやく家族が揃ったのは生まれてから2週間を過ぎた頃だった。


ママ

「やっと帰ってこれたね、今まで大変だったけど、これからもよろしくね、マサル」


身体の自由が効かないことを良いことに、羽根や尻尾を取られ、さらには勝手にマサルと名付けられ、マサルキア・デモゴルンの苛立ちは計り知れないものになっていた。


だが、度重なる手術と慣れない環境のせいか、空腹と睡魔が頻繁に訪れ、マサルキア・デモゴルンは大人しく魔力が回復するのを待つ事しか出来なかった。


マサルキア・デモゴルン

「オギャア! オギャアア!」

(おい! ママとかいう人間の女! 腹が減ったぞ! 食事を出せ!)


ママ

「ハイハイ、ママはここよ、お腹がすいたのね」


不服とはいえ、自分の能力を冷静に分析すれば、自分で立つことすら出来ない貧弱なこの肉体では、今はまだ守ってもらわねばならないことは明白だった。


マサルキア・デモゴルンが生まれ落ちた日、身を呈して命を救ったママが、敵ではないことは確かである。


生後1ヶ月もすると、ようやく手足のコントロールが可能になり、2ヶ月目には声帯を使うコツが掴めてきて鳴き声以外でも思いを伝えられるようになった。


ママ

「マサル、あなたは私の宝だわ。パパがいなくなっても、2人で幸せを掴みましょう」


マサルキア・デモゴルン

「だー、うー」

(パパとかいう男に逃げられたか? まあ当然の行動だな)


パパは今まで1度も目を合わせなかったし、まるで化け物を見るように頭の角を睨み付けていた。


ママ

「うっ……うう……」


マサルキア・デモゴルン

「あーう、あー」

(苦労を買って出るやつはいない、誰だって普通の幸せな家庭を望むもんだ)


マサルキア・デモゴルンは、ママが泣くのを見て、心がざわつくのを感じた。なぜだかわからないが、この沸き起こる破壊衝動が、自分が悪魔だからなのか、違う何かなのか、この時はまだ、見極めることは出来なかった。


その後もママの愛情を受けて順調に月日は流れ、マサルキア・デモゴルンはすくすく育っていった。



ママ

「マサル、そっちはテーブルがあって危ないから行かないで、マサル?」


マサルキア・デモゴルン

「だーぶ!」

(うるせえ、我輩に指図するな)


ママ

「え?マサル!? スゴいわ! もう立てるのね!」


マサルキア・デモゴルン

「キャッキャッ! ぶーば!」

(フハハハハ! 我輩を誰だと思っている!? 時間はかかったが、これしき当然のことだ!)


ママは喜び駆け寄ると、我が子を誇らしげに抱きしめた。


喜ぶ母の胸に抱かれて、マサルキア・デモゴルンは思った。あと僅かな時があれば、魔界に帰る力を取り戻すことが出来るだろう。


それは、別れを意味する。


その事が、たったそれだけの事が。マサルキア・デモゴルンを悩ませた。


マサルキア・デモゴルン

「まんま、わーぷ、ちー」

(ママとやら、我輩が去ったら、きっと泣くんだろうな)


ママ

「なーに? ママはここにいるわよ。いつだって、あなたの側にいる」



9月14日。

マサルキア・デモゴルンが人間界に生を受けてから、1年が経とうとした日の事だった。


窓の外で朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえるが、ママはまだ夢の中らしかった。


マサルキア・デモゴルンの元へ、どこからともなく猫がやって来て語りかけた。


「デモゴルン様! ようやっと見つけましたわ。魔力の反応が消えたときは肝を冷やしましたが、ご無事そうでなにより!」


猫の身体を借りた手下のソコロコだった。


猫のソコロコ

「デモゴルン様、人間界への侵攻を企て1年、魔界から人間界の扉を開けることは出来ぬゆえ人間界から扉を開ける算段、進捗はいかがなものでしょうか?」


デモゴルン

「あー、うー」

(あー、その事なんだが……)


マサルキア・デモゴルンは魔力を使って心の声で、正直な気持ちを打ち明けた。


猫のソコロコ

「いまさら何を仰いますか! すでに魔界の精鋭が扉の前で待っておるのですぞ!」


マサルキア・デモゴルン

(我輩に指図するとは偉くなったものだ。どちらにせよ、いまの魔力では扉は開けられん、もうしばらく待つことだな。扉を開けるも開けぬも我輩の気分次第ということを忘れるな)


ママの起きる気配がしたのか猫のソコロコは身体を翻すとあっという間にいなくなった。


ママ

「おはようマサル、もう起きてたの? 今日はあなたが生まれてきてくれて、私に幸せをくれた記念すべき日よ、お祝いしなくっちゃだわ」


マサルキア・デモゴルン

「まんま、あーぶだー」

(その能天気なママの笑顔を壊したくないと言うのは馬鹿げているかな)


魔界にいる大勢の仲間達か、たった1人の人間の女か。迷うまでもない。自分の存在意義を問えば、答えは明らかだ。なのに……


ママ

「どうしたの? 難しい顔しちゃって、ご機嫌ナナメなのー? そういうときはね、楽しいことを考えるのよ、オモチャやご飯とか。私はマサルの事を考えればいつだって元気になれるわ」


今はまだ扉は開かれていない。これからも平和が続くかどうかは人間次第なのだ。

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