第12話 こころココにあらず
俺が一人で大賀に会いに行くと聞いて、心配したウメさんが「危ないことはしないって約束したじゃないか、約束を破るなら針を千本ノドの奥にねじ込むぞ」とまでは言わないが「だったら僕も一緒にいくよ」と言ったので、竹田さんを信じているウメさんに万が一にも悪い真実を聞かせたくなくて「ウメさんは邪魔なんで来ないで下さい」と答えてしまったことを後悔していた。
なぜなら、梅田さんに教えて貰った事務所の前にはパイプ椅子に浅く腰掛け、ふんぞり返った男が「約束なんて関係ねぇ、近付く者は針でもなんでもカチ込むぞ」とでも言いたげに周囲を睨み付けていたからだ。
「あの……大賀さんに会いに来たんですが」
今期最大の勇気と根性を捻出して、王様でもそんなに偉そうにしてないぞ、王様見たことないけど。って感じのその男に声をかけた。
「あー? 誰だテメー」
世の中すべてに不満を抱いていそうなその男は、俺を上から下まで値踏みするように見たあと、ポケットに手を突っ込んだまま立ち上がりって顔を近づけて言った。
俺は「距離感!」とツッコミを入れたくなるのをグッとこらえて、大賀さんとの面会を申し出る。
「大賀さんとの契約についてお話に参りました、星野と申します」
馬鹿正直に竹田さんについて聞きに来た。などと言えるわけ無いので、大賀さんの客だぞ、取引相手の重要人物なんだぞ、丁重に扱ってくれという願いを込めて用件をでっちあげる。
「なんだか知らねーが、うさんくせぇ臭いがプンプンすんなあ」
俺はホームシックにかかったみたいに、さっきまでいたドリーマーズラウンジの出来事を思い返した。優しい人達ばかりの素晴らしい場所で、第二の故郷と呼びたい気持ちでいっぱいになった。
こんな地獄か魔境のような場所には、もう二度と来るものかと心に誓った。
実際のところ地獄や魔境には行ったことはないし、よっぽどこの状況よりマシかもしれないが、どうなんだろう。
誰もまだ見たことの無い魔界を舞台にした物語だったら、自由に設定できるし面白いかもしれない。
そんな素晴らしい魔界の世界に現実逃避していると、背後からドスの効いた声がした。
「雅人テメー客人になんつー態度とってやがんだ!」
俺が振り向くや否や雅人の顔面に向かって飛び蹴りが炸裂し、ワイヤーでも付いてるのかな? ってくらい気持ち良く雅人が宙に舞った。
「お客人、うちのバカが失礼しました。私、佐々木と申します。どのようなご用件で?」
丁寧な物腰の佐々木という男に応接室に案内されて、俺は大賀に会いに来たことを告げた。
「大賀……ですか。変ですねえ、うちにはそのような男はいません。勝手にうちの名前を騙ってる男がいる。ということですか」
佐々木は首をかしげながら落ち着いた様子で続ける。
「で、その大賀という男に、どんなご用件で?」
「後日契約書を持ってくると言ったきり姿が見えないので、どうしたのかな? と思いまして伺いました」
「それはそれは……で、どのような契約で?」
「いや、内容の方はちょっと……」
「これは立ち入ったことを聞いてしまって申し訳ありません、つい気になってしまったものですから、普通は契約書を持ってこない私どもを訪ねてくる方なんてそうそういないものですから、よほどの訳がおありかと思いましてね、良かったら聞かせてもらえませんか? お力になれるかもしれませんし」
紳士的な態度の奥に、金の臭いを嗅ぎ付けたハイエナのような目が光る。
出口には屈強そうな男が仁王立ちしており、逃げ場もなければ例え消されたとしても目撃者もいない。
ここはやつらの手の内である。
俺は携帯電話の振動に気がついたフリをすると「ちょっと失礼します」といってポケットから外界との連絡手段にかけた。
「もしもし、ああ梅田さん? いま大賀さんの事務所に着いたんだけど、いないみたいでね、とりあえず詳しいことは戻ってから話すわ。15分もすれば帰るからよろしく」
これで手荒な真似は出来ないはずだ。なぜなら俺が15分以内に帰らなければ、場所が場所だけに俺の身に何かあったのかも知れないと思うはずだからだ。
俺は平常を装って携帯電話をポケットにしまう。
「契約は借金の返済プランについてなんですが、細かい点を変更して貰ったんです。僕は梅田さんの代理なんですが、こういう事は、早くはっきりさせておきたい性格でして、つい直接来てしまったんです。申し出は大変ありがたいんですが、大賀さんが来るのを気長に待ちます」
遠すぎず近すぎない内容を言って、この場を乗りきるんだ。
「そうですか、なるほど面白い方ですね。実に勇気と行動力のある方だ。うちで働いてみませんか?」
「いえいえそんな。さっきから怖くて震えが止まりませんし、臆病な僕にはとても出来ませんよ」
「そうですか? 実はね……ここは電波が悪いんですよ。圏外のはずなのに電話に出て話す姿は立派なもんでしたよ」
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