第11話 こころの声
竹田を探すに当たって必要なことは、まず竹田という人間を知ることだと判断した俺は、ウメさんから出来る限りの情報を引き出すことから始めた。
どのような人間だったのか知ることで、思考や行動をある程度推測出来ると考えたからだ。
小説の登場人物の設定を作るように様々な情報をリストアップしていく。
竹田鉄治(49)男性。
東京都江戸川区出身で、昨年亡くなった母親の持ち家で現在独り暮らし。
8月24日生まれのB型。占いの類いが嫌いで、血液型による診断を特に嫌悪していた。他人から「B型ですか」などと血液型を当てられると、途端に機嫌が悪くなる。
身長192センチ。シャクレながら元気かどうかを尋ねてくるプロレスラーと同じ身長であるが、体重が62キロなのでどちらかといえばジャンガジャンガ方面。
利き腕は右。視力は不明だが眼鏡をかけていて、頭髪は心許ない。それを帽子で隠していて「ちょっと帽子外してみてくださいよ」と言うと「これは身体の一部だから取れない」と意味不明な供述をしていた。
ウメさんとは高校時代からの付き合いで、同じ同級生の松尾というピアニストと3人でバックミュージシャン目指してジャズバンドを結成し、音楽と向き合う日々を送っていた。
バンド名は『ウッディーズ』特に深い意味はなく、なんとなく響きが良かったとのこと。今でもドラムは続けていて、ライブハウスでドラマーが足りないときの臨時要員として活動していた。
高校卒業後、母親に負担をかけたくない思いから進学を諦めて、住み込みで働けるという板前修行を始めたが親方と反りが合わず、小さな印刷会社に転職。
編集の仕事をしていたウメさんと再会し、2人でドリーマーズラウンジを始める。
「ウメさん、竹田の当日の行動について詳しく聞かせてください」
「うーん……そう言われても特別変わったことは無かった気がするなあ。店の経理は彼が担当していたんだけどね、まとまった金が準備できたから一括返済してくると言って、売り上げやら通帳やら持ち出して返しに行ったきり帰ってこなかったんだ。携帯も繋がらなくて心配で何度も自宅へも行ったんだけど、郵便物が溜まっていたから家には帰ってきてないみたいだったよ」
「竹田は普段どんな仕事をしていたんですか?」
「店にはたまに顔を出すくらいで営業とか外回りが多かったね、印刷会社にいたころのツテを頼って、ここの宣伝やスポンサーになってくれそうな企業を探したり書店に出向いてウチの本を置かせて貰えないか相談したり色々やってくれてたんだ」
「お金に困っていた様子はなかったですか?」
「酒もタバコもギャンブルもやらない真面目な男でね、そりゃあ店がこんなだから金に困ってないとは言えないけど、独り身だし生きていく分には困ってなかったと思うよ」
「わかりました。ありがとうございます」
俺はウメさんにお礼を言うと、竹田という人物について考えた。
そして、ひとつの可能性について検証してみる事にした。持ち逃げをしたんじゃないとしたら、なぜ姿を消したのか。
誰が得をするのか。
「イッチーは竹田さんの顔を知ってるんだよな、似顔絵を頼めるか?」
「いいですよ、おまかせあれ」
リーダーでも何でもない俺が仕切るのは気が引けるけど、俺の仮説を裏付けるにはまだ情報が足りない。それにはみんなの協力が必要だ。
「竹田さんが行きそうな場所に行って、最近姿を見てないか聞いてみてくれ。ワッキーは竹田さんが利用していたライブハウスと楽器屋、大ちゃんは働いていた職場をまわって情報を集めてほしい。浦田さんは……」
「こころくん、申し訳ないけど僕は小説を書くことしかしない男だよ」
「だと思ったので、浦田さんにはここにいてもらって、あるタイミングで俺に電話をかけてもらいたいんです。それなら執筆の邪魔にはならないでしょう?」
正直に言えば俺だって浦田さんのように思う存分小説を書いて、いろんな世界を創造したい。
才能や技術の無い俺がプロになるためには、少しでも多く書いて少しでも作品の質を上げていくことが重要だ。
いまやネットで調べれば大抵の事はわかるし疑似体験可能な時代だ。だけど、書くことだけが全てじゃないし回り道でも実際に経験するかしないかは大きな違いになる。
なにより俺にとって、何を優先するかを決めるときは心の声に従うと決めている。
この先にどんな地獄が待っていたとしても。
「生きている竹田さんが姿を見せないのは、ウメさんが言うように理由があるはずだ。それがどんな理由か分からないけど、もし竹田さんを見つけても声はかけないでほしい。逃げられる可能性があるからな。こっそり尾行しながら俺に連絡をくれ。危険を感じたら深追いせず身の安全を優先していい。みんなにこんなことお願いするのは申し訳ないけど、よろしく頼む。この件が無事に片付いたら、夢に向かって一緒に頑張ろうぜ」
「こころはどうすんだよ」
「俺か? 俺は大賀に会ってくる」
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