第6話 こころの両親

「なにを書いたらいいのかわからん!」


机に向かって早くも1時間が経とうとしていたが、いざ向き合ってみると、1文字も出てこなかった。


思い返してみれば、中学の頃は大ちゃんがアイディアを出してきて俺が膨らませるという手法を取っていた。


無から有を生み出すことが、こんなにも大変なことだったとは。


書けるジャンルは限られている。頭の悪い俺には推理ものなんて不可能だし、純文学なんて何だかよくわからん。


俺に書けるのは、中途半端にふざけた中途半端に色んな要素が混じる中途半端な紛い物だけだ。


中学の頃に書いた、ケツから未来の道具を出すオッサンだって、ハッキリ言えばパクりなんだ。


だが、世の中の作品だって、どこかしら何かの影響を受けている。


宇宙船に乗って旅に出た主人公が「宇宙海賊王に俺はなる!」なんて言っても、世の中やったもん勝ちなんだ。


それに初めて書いた物語が売れるわけがない。パクり物語を1作品完成させてしまおう。


完成させたことがあるということが、いつか大きな財産になる。


俺は思いきって開き直り、宇宙の実を食べて特別な能力を得た主人公が宇宙海賊として名を馳せる物語を書く事にした。


宇宙海賊と言っても、主人公が悪いことをするわけにはイカン。人の命を奪って新世界の神を目指すような主人公ではハッピーエンドを迎えられない、迎えてはいけない。


俺はハッピーエンドしか書きたくない。バッドエンドは悲しいじゃないか。


私利私欲のために戦う主人公は美しくない。


誰かの為だ。


誰かの為に身体を張って戦う。


そうだ、宇宙の実を盗まれた友達のために戦えばいいんだ。


でも戦えるのか? どうやって?


そもそも、その友達はどうやって宇宙の実をてにいれたんだ?


俺は、疑問の波に溺れそうになりながら、いつのまにか眠ってしまっていた。


目が覚めて、1文字も書けていない現実を目の当たりにして、思い知った。


俺は才能がない。


プロになんてなれるわけがない。


時間の無駄。


「こころー! 遅刻するわよー! 」


階下から、母親の声が聞こえても、俺は立ち上がる気力を無くしていた。


「ほらこころ、なにしてんの学校行かないと」


「母さん、今日休む」


「なに、具合でも悪いの?」


「俺、小説書かないといけないから、学校行ってる暇は無いんだ」


「は? 何言ってんの? アンタ昨日も学校行ってないわよね? ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすわよ」


「母さん、ふざけてなんか無い。俺は本気で言ってるんだ」


「あっそ、じゃあ父さん帰ってきたら同じセリフ言ってみな! アンタが将来をどうしようと勝手だけど、この家に住んでるうちは勝手は許さないよ! 学校にはちゃんと行きな」


母さんは、それだけ言うとキッチンに戻っていった。母さんの言うことはもっともだった。


強い口調だったが、背を向ける前に目が潤んでいた気がする。俺が言うことを聞かない時はいつもそうだ。


本当は弱いからこそ、強い口調になってしまう。俺は申し訳ない気持ちで一杯になり、学校へ行く準備をすると、キッチンにいる母さんの背中に「行ってきます」と言った。


「いってらっしゃい」


母さんは俺に背を向けたまま、棚の上から何かを取ろうとしていた。滅多に開けることの無い戸棚。


まったく、強がりめ。


月島さんだけの為じゃない。母さんの為にも立派な姿を見せてやりたい。もちろん自分の為にもだ。


書かなきゃ。


なんとしても。


登校中、授業中。休み時間、下校中。


その日の俺は、ずっと小説の事を考えていた。


部屋の中では1文字も出てこなかったが、どこかで見たこと聞いたことのあるような、俺が担当編集者だったら、間違いなくボツにするような微妙な物語がドンドコ生まれてきた。


俺はそれを採用した。


なぜなら昨日までの俺は、ボツにする作品すら無かったからだ。


どんなにくだらなくてもいい、どんなにつまらなくてもいい。


楽しんでくれる人が、たったひとりでもいれば作品は意味を成すのだ。


俺は意気揚々と帰宅したが、父と母が待ち構えており、げんなりした。


「なんだよ、せっかくアイディアが浮かんできたところなのに」


「まあ座れ」


父は有無も言わさぬ無表情で言った。


「お前、将来のこととか、ちゃんと考えているのか? 」


「俺は……物語を書きたいんだ。反対するのはわかってる。安定した職業に就いた方が親としては安心だもんな」


父さんは黙ったままだった。母さんは俺の口からハッキリと夢を追いたい宣言を聞いて、複雑な表情で瞳を潤ませた。


「でも……どうしてもやりたいんだ。やらなきゃダメだって決めたんだ」


どんなに反対されても、これだけは絶対に引けない。例え親子の縁を切られたとしてもだ。


「やれよ」


「え?」


俺は耳を疑った。


「おもいっきりやれ。進むべき道を見つけたんだったら一心不乱に突き進め」


「お父さん! 何言ってるの、こころの将来はどうするの」


母さんが涙ながらに訴えた。


「母さん、いいんだ。俺は夢を見つけられなかった……こころがそれを見つけてくれて嬉しいよ。だけど学校はちゃんと行って卒業しろよ」


そうして俺は、父の後押しも受けて、初作品『パイレーツ・オブ・コスモポリタン』を完成させたのだった。

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