第5話 らいおんハート

借金の返済を待ってもらう為に、収益の1割を譲渡する契約を5人と結ばねばならない。


それが店を存続させる方法。


我、関せずを決め込んでいた店内の薄情者、いや薄情ではない、当たり前か。


別に店がなくなっても、特別困るわけではないのだから。


俺の呼び掛けに応える者は、当然のようにいなかった。


唯一俺の考えに賛同してくれたのは、大ちゃんだけだった。


そこで俺は契約の穴について説明し、支援者となってくれるよう説得を試みた。


まず最初に声をかけたのは、3人で固まって漫画への情熱を話しながら、それぞれ別の漫画を描いているグループだ。


ここで成功すれば一気にノルマを達成できる。


「1割払うって言ってもデビューできたらの話で、デビュー出来なければ1円も払う必要無いし、デビュー出来たなら1割くらいどうってことない。契約してくれれば、このカフェの使用料は特別割引するし、ウメさんも全力で協力してくれる。元プロの編集者としてのアドバイスをタダで受けられると思えば安いもんじゃあないか」


俺は熱弁を振るった。上手い説得では無いかもしれないけれど、精一杯の想いをぶつけた。


が・・・・駄目っ・・・・・!


返ってきた言葉は「いや、うちら関係ないし」だった。


建築士の資格を取ろうと勉強している男も、ゲーム業界で働きたくてプログラミングの勉強している男にも断られた。


カフェを開きたくて経営学を勉強している女性客ならウメさんの気持ちがわかってもらえるはずだと義理人情に訴えて粘ったが、「カフェを開くにはウメさんみたいに優しいだけじゃダメなんですよ、時にはストイックに利益を追求することも大事なんです」とスーツの男よりも冷たい表情で拒絶された。


これは鉄面皮とか、冷酷だとかじゃない。当たり前の反応だ。


俺だって月島さんと出会わなければ、ウメさんがどれだけいい人だろうと、身を削ってまで助けたりしない。


目の前で困っている人を助けるのに理由がいるかい? なんてセリフは、ゲームの世界くらいにしか存在しないんだ。


半ば諦めた気持ちで、最後の1人に挑戦する。


「こんにちは、バスケットは、お好きですか?」


俺の問いかけにたいして、ゆっくりと顔をあげてニヤリと笑うと、「俺は浦田、あきらめの悪い男」と返してきた。


「話しは聞いていたよ。梅田さんにはお世話になってるからね、いいよ、サインしても」


浦田と名乗る男は、小説家を目指して、もう何度もこのカフェに通ってる常連だった。


「この時間帯は常連が少ないからね、誘っても無駄だよ、もう少ししたら常連組がくるから、もう少し待ってみたら」


さ、先に言ってくれー!


「ほんとは、もっと早く言えたんだけどね、面白かったから見てたんだよ」


浦田さんの言った通り、その後に来店した客にお願いすると、あっさり協力者が集まった。


脚本家を目指している脇野 勝俊と、イラストレーターを目指す市川 倫由みちよしだ。


正直こんな簡単に集まるとは思っていなかった。スーツの男だって、まさかすでに集まっているとは夢にも思うまい。


スーツの男が持ってくるであろう契約書にケチをつけたり、期限を決めなかったんだから賛同者が集まるまで、もう少し待ってくれとか言いながら引き延ばすつもりだったが、その必要は無いようだ。


とはいえ、多少苦労しているように見えた方が、さらなる無理難題を押し付けられなくて済むだろうから、しばらくは集まっていない体を装うべきといえる。


「でも不思議ですね、契約者が店を利用せずにバックレちまえば、待つだけ損なのに」


「もしかすると、狙いは別のところにあるのかもしれない」


翌日、俺は普段通り学校へ行った後にドリーマーズラウンジを訪れた。


中学の時に大ちゃんと一緒に作った黒歴史を引っ提げて。


どう思われようとも構わない。月島さんが見たいと願ったのだから、俺はそれを叶えるだけだ。


「読んだ! あたしには作品の良し悪しは分からないけど、あたしは好きだな。こころくんの作品、もっと見たい! ファン1号になってもいいかな? 」


ダメだこいつ……早く何とかしないと……


月島冬子という人間は、おそらく批判などしないだろう。すべての物事が新鮮で美しく、素敵で楽しい世界が満ちているのだ。


世の中がどんなに残酷で、ドス黒く歪んでいたとしても、彼女の世界は無敵なのだ。


だから気に入った。


俺は月島さんの為に、たくさんの物語を産み出すと決めた。例え芽が出ないまま年を重ねる事になったとしても、死ぬまで物語を書いてやる。


「じゃあ帰ります」


「え? もう帰るの? 」


「いろいろ準備が必要なので」


「そうなんだ……じゃあまたね」


俺は気持ちが冷めてしまうのを恐れ、すぐに店を出ると、ノートやルーズリーフと『長時間書いても疲れないペン』という宣伝文句が付いている商品などを買い込んだ。


まずは、予備知識なしに書いてみる。そしていき詰まったら教本を読もうと決めた。


その時は堂々とドリーマーズラウンジで勉強出来る。

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