第4話 こころの決意

まず、スーツの男の目的は借金の回収。金さえ入れば手荒なマネはしなさそうだ。


下っぱのチンピラだったら、まともな会話にならず、思い通りに物事が進まないと癇癪を起こして暴れるかもしれないが、この人は違うタイプに見える。


返せないなら生命保険に加入して、事故にあったときに返してくれればいいって妥協案も出してきてる。


まあ間違いなく事故にみせかけられて殺されるんだろうけど。


解決方法は金を返すこと、でもその金が無い。言うまでもなく月島さんはこの件に関わらせたくない。そこで俺は、逆転の発想で質問してみた。


「いま、お金を全額返してもらうより、継続して利息を貰い続けた後に全額返してもらった方がお得じゃないですか?」


「頭のいいあなたの言いたいこと、よーくわかりますよ。普通はそうですね。でも、全額どころか利息すら返せないから私が来たんです。梅田さんには返すアテも無いんです。部外者は引っ込んでていいんですよ。わかりますか? 部外者ではない従業員が返済の手助けをするのはアリだと思いますがね」


足が震えるのを感じた。もうじゅうぶん頑張った、もうやめておけ。と身体が限界を告げている。


「返すアテはあります! 利益たくさん出せた方がもっと上に行けますよね」


ここでやめるわけにはいかない。


俺は震える足を押さえつけて踏ん張る。


「……いいでしょう。その勇気ある行動に敬意を表して、頭のいいあなたの借金500万返済プランを聞きましょう」


俺が食い下がるとは思っていなかったのか、スーツの男は驚いたようにまゆを上げると、近くの椅子に腰かけてタバコを取り出した。


「この店には、夢を追う若者がたくさんいます。皆、ウメさんには恩がある。今後、この店から夢を叶える人だって出てくる。そしたら……」


その先は緊張と恐怖で喉がカラカラで声にならなかった。


「こころくん、もういいよありがとう。さあ、これを飲んで落ち着くんだ。残念だけど、大賀さんの言うことが正しい。返すアテは無いんだ。仮にここから売れる人が出たとしても、それは利益には繋がらない」


ウメさんが親切に紅茶を出してくれるが熱くて飲めない。


「金を持ち逃げした共同経営者を探すって手もありますよ」


「そんな事をする人間じゃないんだ。何か事情があったんだと思う」


俺が悪気の無い嫌がらせにひょっとこ顔でフーフー対応している間を繋ぐためか、大ちゃんとウメさんが意見を交わしている。


ふいにスーツの男が立ち上がり口を開いた。


「借金の返済を待つかわりに、この店からプロになった者は、収入の1割を私に払う。という契約を最低でも5人と結ぶこと。それができなければ、私の紹介する店で、そこのお嬢さんに働いて貰います。わかりますか? この条件が飲めなければ、予定通り梅田さんにサインを頂き、指定した場所に行って貰います」


「大賀さん、この子たちを巻き込むつもりは無いんだ。支払いは私がなんとかするから、もう少しだけ」


「梅田さん、私はいま、この青年と話しています。わかりますか? わかったら、毒の入っていない飲み物をいれてください」


スーツの男は、丁寧だが強い口調でウメさんを黙らせ、俺の目をまっすぐ見据えた。


「ど、毒なんて入ってませんよ」


梅田さんが慌てて言うが、おそらく毒が入っていようが入っていまいが、飲むつもりは無さそうにみえる。


「わかりました。その条件を飲みます」


俺は承諾することにした。どう考えてもスーツの男には何の不利益もなく一方的にこちらが損な契約ではある。


だが、この場を切り抜けるには、それが一番手っ取り早いし隙もある。ここで契約に関する穴を指摘したところで、さらに無理難題が追加されたり条件が厳しくなる可能性が高い。


「話が早くて助かります。では、今日のところはこれで失礼して、後日契約書をお持ちします」


そう言うとスーツの男はタバコを揉み消して部屋を出ていった。


「おい、こころ! あんな契約しちゃっていいのかよ!」


扉が閉まるとすぐに大ちゃんが詰め寄ってきたので、俺は黙ったまま手で大ちゃんを制して少し待った。


部屋の外で足音が離れていくのを聞いてから、窓際に移動して外を覗く。間違いなくヤツが帰って行くのを確認してからようやく倒れるようにソファに沈み込んだ。


「こころくん、まだ契約書にサインしたわけじゃないし、まだ大丈夫だよ。借金は僕がなんとかするから変な気は起こさなくていいからね」


「いや、例え口約束でも、あの男はやるといったらやるでしょう。もう後には引けないんです。ウメさんはとにかく返済を滞らせないよう気を付けてください。俺はなんとしても、5人の契約者を集めなきゃならない」


もし5人集めることができなければ、月島さんに危険が及ぶ。


俺は店内で他人のふりを続けていた客たちに向かって言った


「話しは聞いてたと思います、皆さんの助けが必要なんです。契約書にサインしてくれるかた、いませんか?」

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