第2話 こころの拠り所

「通行の邪魔にならない場所に移動して少し話そうぜ」という提案を、人気のない所へ連れていって金銭を巻き上げるつもりかと警戒し、人目のある広場の一角に陣取ってとりあえず腰を落ち着けた。


そこで、味を確認するためなら蜘蛛でも食べそうな勢いで、リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーだ! なんて力説しながら、どうやら本物と認めざるを得ないほどの漫画への情熱を語る不知火大輔は、なぜこんなにも反社会的な出で立ちをしているかについて説明してくれた。


「いま描いてる漫画の主人公がさ、いわゆる不良のレッテルを貼られてる訳、気持ちを理解するには本人になりきるしかないだろ?」


「いやその理屈はおかしい」


「なんでだよ、俺の尊敬する漫画家が言ってた事なんだから間違いないって」


「じゃあ、おまえは大量殺戮や幼女拉致監禁を趣味にする悪党を描くとき犯罪を犯すのか?」


「いい質問だね、例えば地獄が舞台の漫画を描きたくても実際に行けないもんな。だけどオレンジジュースから爆弾を作るくらいの事はやったことがあるぞ」


「オーケー、大ちゃんが昔と変わらず人よりちょっとオリジナルな事がわかったよ」


いつのまにか一緒に漫画を作っていたあの頃にタイムスリップしたような気持ちになっていた。とは言え当時はリアリティの為に蜘蛛を食べようと探したりしなかったが。


突拍子もなく、とりとめのない事を夢中になって話して、そんな雑談の中から新しい漫画のネタを見つける。


「いまも漫画家目指してるんだな」


俺は懐かしく思いながら、目的を持って夢を追う大ちゃんの姿が眩しいほどに輝いて見えて、羨ましく思った。


いまの俺は、なにもない。


「こころは漫画の原作とか小説家とか目指さないのか?」


「俺はなんの取り柄もない普通の……コミュ障だからな。現実を見て地に足を着けて歩くよ」


高いところは景色が良くて、色んなものが見えるかもしれない、だけど落ちたらただじゃすまない。そして足場は非常に狭く、辿り着いたところで落ちないように必死になり景色を楽しむ余裕もないだろう。


「ちょっと着いてこいよ」


「着いてこいって言われてホイホイ着いていくような軽い女じゃないんですけど?」


「おまえ男だろ」


そう言われて辿り着いた場所は、ドリーマーズラウンジという看板が出ているカフェのような所だった。


店内は本棚で囲まれ、漫画や雑誌は少ないが『猿でも引けるギターの弾き方』や『ナメクジでも分かるプログラミングのいろは』などの初心者向けの本から『映画の脚本から学ぶ物語のメソッド』や『生命の吹き込み方』など多岐にわたる教本が置いてあった。


カウンターの中に壮年の男性がいて、紅茶の準備でもしているのか、茶葉の良い香りが漂ってくる。


「おや?大輔くんじゃないか、いらっしゃい。どうだい、調子は」


「ウメさん、順調ですよ。今日は友達を連れてきました」


おいおい待ってくれよ、そんな紹介のしかたじゃコミュ障の俺は「あの、その」しか言えなくなるだろう。


「おい、なんだよここは。どの辺がいいところなんだ?」


ウメさんと呼ばれている男に、なにやら期待の眼差しを向けられて居心地の悪くなった俺は大ちゃんの脇をつつく。


「ウメさんはスゲー人なんだぜ、元大手出版社の編集者で、俺たちみたいな夢追い人が大人の事情や会社の都合、ほんの一部の誹謗中傷で捨て駒にされていくのをほっとけなくてココを作ったんだ」


「僕はただ、才能ある若者が埋もれていくのがもったいなくてね。私が会社の歯車として生きるより、夢を支えて生きていきたいと思ったんだよ。君の夢を聞かせて貰えないかな」


この二人の会話を聞いたとき、俺は正直に言うとトイレに行きたいと思っていた。


さらに言うなら、会社の方針に従えなかったダメ人間と現実と向き合えないダメ人間の集会所なんじゃねーかと思っていた。


そして、俺がトイレはどこかとキョロキョロしていると、大ちゃんがとんでもない事を言い出したのである。


「こいつは星野こころって名前なんですけどね、すんげー面白い話し作るんですよ」


「ちょっとまて」と


俺がなかなか自己紹介しないのも悪いと思うから、代わりに名前を言っちゃうのは許すとしてもだ。


すんげー面白い話を作るってなんだ


なぜそんにハードルをあげた?


あれー?大ちゃんの名字って山崎だっけー?


ザキヤマとかいうアダ名ついてたっけー?


「中学の時に爆笑必至の原作書いてくれてね、ケツから未来の便利道具だすオッサンが冴えない小学生の所にやってくるやつなんて最っ高なんスよ」


「やめてえええぇぇえぇ!!俺の黒歴史に新たな1ページ刻まないでええぇぇえ!!!」


なんなのお前、俺に何の恨みがあんの?

冒頭からの俺のイメージが台無し。


子供の頃の恥ずかしい作品公開するとか絶対やっちゃいけないやつだから


「へぇぇ、そんなに面白いんだ? 読んでみたいなぁ」


俺が顔を真っ赤にしながら振り向くと、そこには1人の女性がいた。

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