こころの物語

藍月隼人

第1話 こころの友よ

非リア充であるひがみの塊である俺が、爆発しろ! なんて強く念じても一向に爆発しないので、自然発火みたいに自然爆破させるとしたら、どんな条件が揃えば世の恋人達が爆ぜるのか真剣に考えていたら、難解すぎて自分の頭の方が爆発しそうだったので考えるのをやめた。


なぜ俺が炎を纏った龍のごとく恐ろしいまでの奮迅爆破を望んだかと言えば、まさに目の前で耳やら舌やらにピアスを開けた恋人同士が痴漢ごっこよろしく、ふわふわマシュマロボディを堪能する様を実写版3D映画で魅せるかのように公開し始めたからである。


NO MORE 映画泥棒。


日頃から口を酸っぱくして言っているように、素晴らしい原作の漫画を実写化する事には反対だし、この車両に乗ってしまったことを激しく後悔し始めた。


目の前で上映中のいとも容易く行われ続けるえげつない行為は、俺が車両を移動したくても耳くそ程もどくつもりが無さそうだし、胸元のボタンは開けても道は開けない断固たる漢立ちは吐き気を催す邪悪を呈していた。


さて、何を言っているかわからねーかもしれねーが、俺が体験したありのままを表現した紛れもない現実だ。


夢であるように願いながら何度も瞳を閉じてはみたものの、電車の中とは思えないほどのThere will be love there -愛のある場所-だった。


ようやく強制公開処刑から解放されて駅のホームに降り立つと、そこは降りる予定の駅をとっくに過ぎた場所だった。


ぶらり過乗下車。


朝っぱらから災難に遭遇して遅刻が確定した俺はもはや登校する気持ちが完全に萎えたので、不足分の運賃を払うと改札を出て行くあてもなく歩き出す。


急いで学校へ引き返したところで遅刻という結果は揺るぎ無いし、決められたレールの上を歩く人生を嫌うのが学生の本分とさえ思う。


遅刻の原因を説明しようにも、電車にのっていたらラブストーリーは突然に始まって降りたい気持ちと絡まれたくない気持ちがシーソーゲーム勇敢な恋の歌なんですなんて言えるわけない。伝わるわけ無い。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。


ポイズン。


だから俺は登校を諦めて、まともな映画でも観ようと街へと繰り出した。


普段から真面目とまでは言わないが、特に問題を起こさず静かに学園生活を送っているおかげで、体調が悪くなったから欠席する旨を電話に出た教員に伝えると、事務的に受諾されたのち儀礼的な「お大事に」を頂いた。


取り立てて進学校で無い事や比較的校則の緩い進路を選んだことに、一抹の不安を多少なりとも感じていたが、今回ばかりはそれに助けられた。


「こころ? 星野こころじゃねーか!」


電話を終えて一息ついた俺の名前を呼ぶ声が聞こえたが、これから観る映画について熟考しなければならないので、まずは無視する事に決めた。


偶然名前が同じなだけという可能性も否定できないし、平日の真っ昼間にこんな場所にいて、かつ周囲の目も気にせず大きな声で名前を呼ぶような知り合いはいない。


名前を呼ばれて、ついちらりと相手を見てしまったが、細身ながらもたくましい肉体を持つ長身の男で、オールバックにサングラスをかけ、派手な柄物のシャツを着ていたので、自分とは住む世界の違う人種であることは間違いない。


「おい無視すんなよ、星野こころだろ?俺だよ不知火しらぬい大輔だよ」


そう言いながら、人違いだとしても認めない勢いで肩を掴むので、自分が逃げるコマンドの効かないモンスターにエンカウントしてしまった事を認めざるを得なかった。


改めて見直すと確かに見覚えがあった。幼い頃の記憶に不知火大輔という友人がいたことは確かだ。


そいつは中学の頃の同級生で、同じ高校を受験したが合格出来ず、どこかに就職した男にどことなく似ていた。


「やあ不知火くん久しぶりだね」


とりあえず返事をして肩が脱臼させられるのを回避しようと努めた。


俺の知る不知火大輔は、漫画とゲームをこよなく愛し、休み時間には漫画を書いていた姿を思い出す。


隣の席だったこともあり、俺が原作を書いて彼が作画する。なんて事もあった。


だが目の前にいる不知火大輔は、喧嘩とバイクをこよなく愛し、休みの時間には煙草を吸っている姿が思い浮かぶ。


隣の席だったら、俺が答案を書いて彼が模写する。なんて事があっただろう。


「なに他人行儀に不知火くんなんて呼んでんだよ! 一緒に漫画描いた仲だろ? あの頃みたいに大ちゃんで良いって」


俺の知っている大ちゃんは、もっと控えめで内気で大人しかった。身体中から関わりたくないオーラを出している元友人の俺に肩パンしたりしない。痛い。


断じて少し泣いてなどいない。


「何か用?」


学校をサボった罰にしては酷すぎやしませんか神様。


そう俺が天を仰ぎながら面倒くさそうな声で呟くと、自称不知火大輔も負けじと呟いた。


「……スマン、迷惑だったか?久しぶりにこころに会えて浮かれてたわ」


ようやく俺の態度に気付いたのか、急に勢いを無くした大ちゃん(?)は肩を落として下唇を噛んだ。


その瞬間、目の前のチンピラと、記憶の中の大ちゃんの姿が重なった。授業中に漫画を描いている所を先生に怒られ、肩を落として泣きそうに下唇を噛む癖を思い出した。

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