第4話 実験
ドアを開けると、そこはティータイムだった。
「おっつかれー! どうどう? 何か収穫あったー?」
バシバシ星でも飛び出てきそうな勢いで千里は出迎えてくれた。
システムデスクの上にはティーセットが広げられており、室内に紅茶のフルーティな香りが漂っていた。千里もこういうところはマメで上手い。差し出されたティーカップを受け取りながら景佑は口を開いた。
「いい香りだな」
「お菓子もあるよ! はぁー、し・あ・わ・せーっ!」
ソファでご満悦な千里を見ると、自分と同じ高校生には見えない。
ほどよく冷めた紅茶を一口味わってから、景佑は立ったまま話を始めた。
先輩方から聞いた話、先輩の友好関係や大雑把な性格について。他にも担任の九条に聞き込みを行おうとして逆に説教をくらった失敗談や、帰り道に田代から聞かされた話もついでに説明した。
「なーんか、不思議な話だね」
「ああ。そうだな」
「私が話を聞いたひとたちも似たようなことを言ってたよ。『急にお高くとまり出した』とか『クール振り始めた』とか……まるでどこかのタイミングで性格がガラリと切り替わっちゃったみたい。ひょっとして、ヌーは途中で贋者にすり替えられたのかな?」
「贋者にメリットがないな」
「んー……」
「あと、本物はどこへ消えちまったんだよ。ついでにヌーを標的にする理由もないだろ」
説明できないことが多過ぎる。
さすがにこの仮説はあり得ないと景佑は思ったが、だからといって他の説を思い付くわけでもない。そういう作業は千里がやればいい。ずいぶんと他人任せなスタンスだと自分でも感じるものの、それで長年やってきたのだ。
千里は額に手を当てて黙考した。
タイミング的にちょうど良かったので、景佑は紅茶とイチゴのクッキーを食べながら待った。一杯目を飲み終えても千里はまだ考え中だったため、本棚からボードレールの『人工天国』を取り出して退屈しのぎにぺらぺらと頁をめくった。
アシーシュの効用について思いを巡らせていたところで、ようやく千里が声を出した。
「これって、独立したひとつだけの事件なのかな?」
「はぁ? どういう意味だ?」
「ちょっと考えてみたんだけど、まるで何かの実験みたいな感じがするんだよね。トライ&エラーのひとつ? 最初からこれひとつだけで終わらせるつもりじゃないっていうか、『今回はとりあえず試してみましたー』ってカンジ?」
「……ふむ」
景佑が考えてもみなかった発想だった。
短絡的にメリット・デメリットを予想していても出てこない推測である。ポットを傾けて紅茶のおかわりを注ぎながら、景佑は問題点を探した。
「何かしらの実験を行っている黒幕がいるとして、そいつは何を狙っているんだ?」
「まーだ分からないけど、たぶん、人の心理あるいは肉体。特に脳に関することじゃない? 物理に関する研究なら、わざわざこんな事件を起こさなくてもいいでしょ。それに標的に男子高校生が選ばれたのだって、たぶん肉体的にちょうど良かったからなんじゃない?」
一度回り始めた千里の頭脳はなかなか鋭い。
景佑はすっかり冷たくなった紅茶を啜ってから言った。
「人の心理あるいは脳に関する――って、まるで神醒術のことみたいだな」
「私はその線が濃厚だと思っているけど?」
「しかし、今回の事件では神醒術のしの字も出てきてないぞ」
「さあ。そのうち出てくるんじゃない?」
あっけんからんと言い放ってから千里はぱくりとクッキーを平らげた。
「まふぁ、あふぇふぁふぁふても――」
「ちゃんと食ってから話せよ」
「むぅっ! わふぁふぁっふぁ!」
千里は忙しそうに口を動かしたから、まるでスポーツドリンクのように紅茶を飲み干した。景佑としては床にこぼれたクッキーの欠片が虫を呼び寄せそうでかなり気になったので、後できちんと掃除しておこうと心に決めた。
口にクッキーのカスを付けた千里はこほんと咳払いしてから喋った。
「まあ、焦らなくてもいいんじゃない。どーせまた事件が起こるんだから!」
「物騒な発言だな」
ツッコミを入れつつ、景佑も肌で同じことを感じていた。
犯人はまた動くだろう、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます