第2話 部室
「――で、謎って何なんだよ?」
景佑はソファに深く腰掛けながら尋ねた。
八幡学園の第二部室棟の二階にある文芸部の部室にて、二人は作戦会議を行っていた。
壁一面を本と本棚で覆い尽くされた八畳一間の空間には、編集用の旧式ノートパソコンや紅茶セットを収納してあるシステムデスクと、その横にソファが2台向かい合うように置かれていた。滅多に掃除しないため少し埃っぽいものの、二人は好んでこの部室を使っていた。
まずは何から手を付けるか。捜査対象と目標を設定する。
これを最初にやっておかないと、千里の際限なき好奇心にいつまでも引きずり回されてしまうことを、景佑は長い付き合いのなかで身を持って学習していた。
「んー。どうにも引っ掛かるんだよね」
「もっと具体的に言ってくれ」
「立花君らしくないというか、何というか……とにかく普通じゃないんだよ。だって、あのヌーみたいにおっとりとした立花君だよ。上級生とケンカするようには全然見えなかったんだけど……」
「あいつはヌーっていうより、サイっぽくないか?」
「ヌーだよ! ヌー! ウシカモシカ! サイじゃないよー」
千里は両手を振り回しながら力説した。
ちなみにウシカモシカとはヌーの別名である。相変わらず無駄に博識なヤツだな、とぼやいてから景佑は話を続けた。
「でも、実際にケンカが起きたんだ」
人は見かけによらない。
謎なんて初めからどこにも存在していなくて、単にそれだけの話なのかも知れない。
しかし、千里はキラリと丸メガネを光らせてから言った。
「誰かがそうなるように仕組んだんでしょ!」
「学生同士をケンカさせて誰にどんなメリットがあるんだよ? 得するやつなんていないだろ。ヌー(立花)が誰かに恨まれていたならともかく、あの草食動物だぞ。わざわざ陰謀めいた仕掛けを用意されるほどの恨みを買っていたとは思えないぞ」
「それこそ、人は見かけによらないんじゃない?」
「そーゆーもんかね」
景佑は腕を組んでボスンとソファに倒れた。
神醒術が栄えている八幡学園なら、何が起きても不思議ではない。
「分かんねぇな……」
議論しようにも素材が足りなさすぎる。とりあえずまずは取っ掛かりとして、なぜ、ヌー(立花)がケンカをしたのか。ヌー本人と、彼と殴り合った上級生について情報を集めるべきだ。景佑がそう提案すると、千里は嬉しそうに頷いた。不謹慎なヤツめ、と思ったが、そう悪い気はしなかった。
「ところで、今回はどこまで調べるつもりなんだ?」
「謎のある限り! どこまでも!」
グッと拳を固めて千里はそう宣言した。
もちろん、そんな曖昧な目標設定を通すつもりはなかった。景佑はソファに寝転んだままピンと指を三本立てた。
「あと三日で中間考査の一週間前になるからそれまでにしておけよ。〈落書き魔〉のときみたい試験前日の真夜中まで走り回るような活動はNGだからな。あと、毎回注意していることだが、危険だと判断したら即座に操作を打ち切るように」
千里は「ええー」と不満の声を漏らしたが、景佑は取り合わなかった。
万が一、彼女がケガでもしたら鈴宮春が黙っちゃいないだろう。
まったくこれでは保護者になったみたいで気が静まらない。将来、こいつを引き取る男はさぞ気苦労することだろう。そんなどうでもいいことを考えていると、千里がいそいそと手帳を取り出して広げた。
このハイテク時代に手帳とはまたずいぶんと古めかしい。
「それじゃあ、上級生のほうについては私が調べるから、ヌーについては景佑がやっといて」
「逆だろ」
「えっ? なんで? だって、景佑はヌーの友達と仲良かったでしょ? 効率的に調査を進めるなら、私が上級生で、景佑がヌーのほうが良いに決まってるじゃん。それとも何? ひょっとして、友達と仲たがいでもしたの?」
にやにや笑いながら上目づかいに千里が訊ねてきた。
こんな貧相な想像力なくせして、景佑よりちゃんと神格を顕現できるのだから、世の中は不公平である。筆記テストの点数はぶっちぎりで景佑のほうが上だが、神醒術の実技は千里のほうが良い点数を叩き出す。そんな千里でも学年一位で入学してきたレイジとかいう天才(バケモノ)には遠く及ばないから、どんぐりの背比べと言われればそれまでの話でしかない。
生兵法はケガのもと。
それに、景佑だけならいざとなれば――いや、アレは気軽に頼れるものではない。
「いいから代わってくれ」
「えっ、本当に友達と仲たがいしているのっ!?」
「ちげぇよ馬鹿! お前が先輩方のほうに行くのがマズイんだよ! それくらい察しろ!」
ガバリと上体を起こしてみたら、千里がポカンと目を丸くしていた。
どうやら景佑の言葉は予想外のものだったらしく、しばらく固まっていた。
「え、えーと……もしかして、私のこと、心配してくれてたの?」
「そうだ」
「……ん、と。わ、わかった。じゃ、じゃ、じゃあ、私はヌーについて調べるね!」
ぐわしゃっ!と手帳を握りしめて、千里はそう言った。
声はすっかり震えていたし、トンボメガネもほんのり曇っていた。顔色を確認しようとしたら手帳を振り回されたため、景佑は諦めて大人しく身を引いた。こーゆー面をクラスの連中にも見せてやれば女友達もすぐに増えると思うのだが、それはそれで惜しい気もする。
景佑はソファから立ち上がった。
「とりあえず、聞き込みがあらかた終わったらここに戻るように」
「おっけー! りょうかーい!」
「無理はするなよ」
「景佑こそ気を付けてね! ヤバいと思ったら早めに逃げるんだよ? あぁー、もう! 心配だなぁ! ちょっと非効率的だけど、やっぱり二人で一緒に歩き回る? 私は別にそれでも構わないけど?」
「大丈夫だって」
これではどちらが保護者か分からない。
今にも後ろからついてきそうな千里に苦笑してから、景佑は文芸部の部室を後にした。
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