MISSION2 奈落ジャンクション横断セヨ(後編)

『おはようございます!!』


 まず二人は、声を揃えて敵へ挨拶をかました。

 現代の「おはようございます」は、単なる朝の挨拶などではない。「お手合わせ願います」というような意を持った、戦いの礼儀である。


【おはようさん。ほな、はじめよか】

 オバ、快諾する。

 手にしていた横断旗を突き出し、精神統一を開始――

【ハアアア~】

 その闘争心に呼応するかのごとく、黄色だった横断旗は、古代職業『闘牛士』御用達の真紅色へと塗り替えられる。

【赤信号じゃ。ここは通さへんで】


 かくして、戦いのゴングは鳴らされた。




 ――パアッー!!




 奈落ジャンクション内に、七台のクルマリオン(※産業廃棄物となって散っていった自動車の最終進化形態。オカルトエンジン搭載の暴走車両)が突如出現!

 宙に浮く七台のクルマリオン。

 当然のことながら、それらの操縦権ハンドルは全て、全てオバによって握られている。


無面虚運転・自動人形撃クル=マ・タ・ドール!!】


 難解な技名を叫びながら旗を振り乱すオバ。

 その動きに煽られ、七台のクルマリオンが次々に歩道へと飛び出した。

 それらは、大量の二酸化炭素シーオーツーまといながら二人のちっぽけな身体へと襲い掛かる。


「きゃあああああああああああっ!!」

 悲鳴を上げるユカリ。

 しかしそれは、恐怖を主張アピールするものではない。

 危機的雰囲気を意図的に作り出し、勇次の戦闘エネルギーを強制的に開放するための、反撃のシャウトである。


「危ないっ! 俺に任せろ!!」

 シャウトを受けた勇次は猛る。

 一歩前へと踏み出し、その左腕を大きく掲げる。

 すると、あらかじめ装備していた特殊甲殻とくしゅこうかく鞄籠手かばんごて――《ランド=セル》が、紫色の光を放った。


『ランド・シェルター!!』



《ランド=セル》は、盾となった。

 六角形に拡散する六角形の特殊甲殻バリアで、迫り来る七台のクルマリオンを全て受け止めたのだ。

「くうっ!」

 衝撃に耐える勇次。

 目の前では、七台のクルマリオンが怨恨まみれのエンジン音を轟かせながら甲殻バリアと衝突を続けている。

 その左腕が限界を迎える前に、なんとか事を成さなくてはならない。

「横断開始だ! 行くぞ、ユカリ!」

「ええ!」

 

 二人は、奈落に浮かぶ白線上へと足を掛けた。

「赤信号でも構わない……俺たちは学校へ行く!」

 七台のクルマリオンを受け止めながら、勇次が先を行く。

 その身体を支えながら、ユカリもゆっくりと歩を進めていく。

 ユカリはバランスを取りながら、勇次の死角を補うために左右の確認を行う。

(今だ! ここしかない――)

 そして隙を見計らい、天に向かって大きく右手を突き上げた。


「横断歩道は、手を挙げて渡りましょう!」

 かつての偉人の格言を、高らかに宣告するユカリ。

(たとえ相手が暴走車両であっても、わたしたちが『横断中』であることを示さない理由にはならないわ)

 どんな状況であっても、どんなにちっぽけであっても、自らの存在を走行中の車両たちに伝えたい――歩行者のプライドを剥き出しにした迫真の挙手。脱帽である。

 しかし、その誇り高き主張は、操縦者ドライバーであるオバにはいまいち伝わらなかった。


【あほんだらあっ! そんな時代はもう終わったんじゃ!】


 オバ、反論する。

 オバも、300年に及ぶ豊富な人生経験を踏まえ、高らかに叫んだ。

 いわく、手を挙げて横断歩道を渡る時代など、とうの昔に終わりを迎えた。

 通学そのものが命がけの現代において、いまの大人たちは皆こう諭す。

【横断歩道には近づいたらあかんっ!】

 それほどに現代の学校は、子どもたちにとって危険に満ちている。

【毎朝口すっぱくゆうとるやろうが! えーかげんわかれや! はよオウチ帰れ!】

 ゆえにオバ=チャンは、その通学を阻止したい。

 しかし、誰かが学ばなければ、日本の未来を救うことはできない。

「黙れ! 俺たちは学校に行く!」

 勇次とユカリは、その歩みを止めない。

 最先端の宇宙開発スキルをその身に叩き込み、人類を次の段階ネクスト・ステージへ運ばんとする意志と、覚悟が、彼らにはあるのだ。


 かつての偉人は言った。

『よく遊び、よく学べ』


 かつての教育MAMAたちは言った。

『夕方までには帰ってきてね』


 現代のオバ=チャンは言う。

【学校へ行ったらあかんっ!!】


 そう。

 オバ=チャンにとっては、子どもたちの安全が最優先。

 無重力、無酸素――危険な宇宙訓練が課せられる学校へ通うことなど言語道断。

 オバ=チャンにとっては、日本の未来などどうでもよいのだ。

 

 彼女がチャリィを殺害した動機についても、そのような心情が起因している。

 言わば、自暴自棄。

 先行き不透明な自らの生活に対するストレスが、いつしか彼女を殺戮専業主婦パンク・マザーへと変えた。

滅亡寸前の日本を救える者などこの世には存在しない――そんな投げやりな不信感が、今回の犯行の引き金となった。

 チャリィの命を奪えば、勇次は登校を断念する――そう思っていた時期がオバにもあった。ゆえに、凶行に及んだ。ゆえに、チャリィは死んだ。


 しかし勇次は、学校へ来た。

 ユカリの励ましを受け、ともに手を繋ぎ歩いてきた。

「俺たちは学校へ行く!!」

 二人の意志は固い。

 立ちはだかるすべてを振り払う勇気が、彼らには宿っている。

 未来へと突き進む彼らにとっては、オバ=チャンの体脂肪まみれの肉体など壁にすらならない。

【……上等やで……】

 ゆえに、オバは迎え撃つ。

 次世代の意志と全力でぶつかりあうことが、彼女にとっての『おはようございます』――

 つまりは、朝の挨拶なのだから。


【オヴァアアアアアアアアッーーーーーーーー!】

 オバ、高揚する。

 振り乱すその横断旗は、もはや漆黒をまとっている。

 次なる必殺技の段階へと既に突入しているのだ。

【オバの本気をみせたるでぇっーーーー!】

 風車かざぐるまのように横断旗を振り回すオバ。

 それをゆっくりと頭上へやると、晴れ渡っていた空が陰りを示した。

 勇次たちの上空に、のである。


天雨降振あめあめふれふれ……〝カー・サンダー〟!!】


 詠唱するオバ。

 その言霊に応じ、暗雲から四両編成の巨大なデブリトレイン(※路面電車の最終進化形態)の頭部がズルリと出現――。

 唐突に浮力を失ったそれは、横断中の二人をめがけ、まっすぐに降り落ちる。

 

「きゃあああああああああああっ!!」

 本日二度目の悲鳴を上げるユカリ。

 しかし今回の叫びに関しては、正真正銘、頭上から路面電車が降ってくることに対する恐怖や戸惑いを表現したものである。

 気象予報士の資格を持つ彼女ですらも、この悪天候は予期していなかった。


「心配するな! 俺が傘をつくる!」

 一方で、勇次の備えは万全だった。

 勇次は、左腕で七台のクルマリオンを抑えながら、右腕に装備していた超音波式光線銃――《アルト=リコーダー》の銃口に、ふうっと息を吹き込む。

「ソプラノ・モード、解除完了!!」

 すぐさま右腕を空へと向け、デブリトレインへ焦点を当てる。

 すると、対象を捉えた《アルト=リコーダー》の銃口から一筋の閃光が放たれた。


雨止光パラソーラ!!』



 打ちあがった閃光弾は、勇次の叫びに応じて一気に拡散、波状。

 虹色に煌めく光が、傘の構造を擬態する。


 ――ガタアアアアンッ!! ゴトオオオオンッ!! 



 デブリトレインは、フロントガラスを飛散しながら光子のバリアと正面衝突。

 勇次の創り出した傘により、降り落ちる路面電車が塞き止められたのだ。


「よ、よかったあ……」

 安堵するユカリ。

 しかしまだ横断は終わらない。

「踏切チャンス到来だ! 一気に行くぞ!」

 乱反射する光の中、二人は歩みを続ける。

 前方には七台のクルマリオン、頭上には巨大なデブリトレイン。

 計八台の暴走車両を受けながら、抑えながら、勇次は尚も横断を続ける。

「いってらっしゃああああああい!!」

 自らの精神こころに、全力のエールを送りながら。




【り、りっぱやなあ……】

 オバ、感心する。

 溢れんばかりの交通渋滞スクランブルを省みず、堂々と前進を続ける生徒たちの生き様に、ついに敬意を示してしまったのだ。

 

「――!!」

 その心の揺らぎを、勇次は見逃さなかった。

「今だっ!! ユカリ!!」

 勇次叫ぶ。

 周囲で荒ぶるエンジン音にかき消されないよう、大きな声で叫んだ。

「まかせて!!」

 ユカリは、それを聞き逃すことなくしっかりと鼓膜でキャッチし、より大きな声で力強く言葉を返した。

「あたしだって、戦えるんだから!」

 意気込んだユカリは、右肩のスクールバッグへ手を突っ込む。

 そこから取り出したるは、一台の古代携帯端末――《ガラパゴス=テレフォン》。ユカリのメイン・ウエポンである。


「あたしの攻撃を、今からあなたに届けます」


 二つ折りのボディを開き、オバにアンテナを向けるユカリ。

 歩行者の利点を活かした素早い動作に、オバの対応は遅れがち。

【なんやあっ!?】

 

鎖縛の感情チェーン・メール!!』

 

 

 アンテナから発せられた鎖状の高周電波が、オバの肉体へ巻きついた。

【あかんっ! しもうた!】

 オバ、拘束される。

 見えない電波に縛られる奇妙な状態が始まった。


「絶対に逃さないんだから!」

 さらにユカリは、早業のブラインド・タッチで秘密のパスワードを設定。

 指定された四桁の数字を解き明かさない限り、そのロックからは逃れられない。


【くそっ、誕生日いつや!?】

 オバ問う。

 対するユカリは、その問いを既読スルーしながら必殺技の準備を進める。

3Gスリージー電波、解放! メール本文、作成開始!」

 バリサン状態を維持しながらブラインド・タッチを繰り返すユカリ。

 対するオバは焦燥を続ける。【誕生日いつやねん!?】

「教えないよーだ!」

 意地悪をするユカリ。

 しかし、口ではそう言いながらも、《ガラパゴス=テレフォン》のブルーライト画面には、『12月08日だよ(はあと)』という丁寧な回答がつづられている。

 そんな言葉にできない想いを乗せて、ユカリは送信ボタンをプッシュした。


乙女限定・E・直通便ダイレクト・メール!!』



 ユカリの放つ高周電波が、オバの体内を駆け巡る――

【あかんっ! お通じがっ!】

 オバの内臓に、異常ステータス《フクツウ》を付与。

【こ、これはあかんやつや!】

 オバ、たまらず横断旗を手放し、自らの下腹部へと手を伸ばす。

 さする!


 ――ビュウウウウッ!!


 その刹那、奈落から吹き荒れる風によって横断旗がさらわれる。

【あかんっ!! 完全にやってもうたっ!!】

 動力源を失ったクルマリオンたちは、たちまちその勢いを失った。

 デブリトレインも、バランスを崩して奈落の底へと下り始める。

【オーマイガッドネス!!】

 オバ、放心する。

 大きく大きく股を開き、両手で頭をかきむしった。

 かきむしった!


「勇次、あとはお願い!」

 パートナーに肉声を届けるユカリ。トドメのチャンスを委託する。

「ああ! これで終わりだ!」

 応える勇次。

 余裕が生まれたその右腕――《アルト=リコーダー》の銃口を、満を持してオバ=チャンへと向ける。


「ソプラノエッジ開放!! トーンホールド開放!! バロック・スタイル全開だああああああああっ!!」

 全てをさらけだす勇次。

《アルト・リコーダー》の銃口に、七色の光が集う。


 ド。

 レ。

 ミ。

 ファ。

 ソ。

 ラ。

 シ。


 天上から集いし七つの音階が、伝説の魔法楽曲を形成――――

「家にかえるのはおまえだ、オバ=チャン!」

 古き良きメロディラインを引率し、それらは一挙に解き放たれた。


学徒七星光進曲ホタルノヒカリ!!』



 放たれた虹色の光が、オバの肉体を貫いた。

 その攻撃になす術なく、オバは断末魔の叫び声を上げる。

【オルヴォワアアアアッーーーール!!】


(※オルボワール<au revoir>=フランス語で『さようなら』、広義には『いってきます』の意。西暦3000年代に入ってから日本でもしばしば使われるようになった断末魔の叫び声)

 

 敗北の叫びが奈落ジャンクション内にこだまする。

 オバの肉体と精神は、自宅のトイレへと強制送還された。

 勇次の必殺技により、家に還ったのである。

【――――――――】

 その刹那、オバは囁くように呟いた。




『いってらっしゃい』。


 オバは別れ際、勇次とユカリに『いってらっしゃい』と確かに言った。

 おそらくその声は二人には届いていない。しかし特筆すべきはそこではない。


 


 この事実から察するに、オバもまた、オバなりのやり方で現代に抗っていたのだろう。

 彼女もまた、移ろいすぎた時代の被害者だったのかもしれない――。

 

 透明拘束道路『奈落ジャンクション』。

 操縦者ドライバーが不在となったクルマリオンたちは浮力を失い、奈落の底へと次々に消えていく。

 一方で、風に煽られて踊る横断旗は、敗北を認めるかのごとく青緑色に輝き始めていた。


「とおりゃんせええええっーーーー!!」

 勝利の雄叫びを上げる勇次。

 その感情と連動し、《アルト=リコーダー》のファンファーレが高らかに鳴り響く。


 ――パアーパーパー・パーパパパア……


「やったああああっ!」

 無邪気に飛び跳ねるユカリ。

 その《ガラパゴス=テレフォン》からも、勝利の着信メロディが流れ出す。


 ――パーパパ・パララ・パラパーパア……


 二人は戦闘に勝利した。

 前後左右に、二人を遮るものはない。

「勇次……」

「ユカリ……」

 二人は、ゆっくりと白線上を歩いた。

 まるでヴァージンロードを渡るがごとく、その一歩一歩が神聖さを増していく。

 勝利に貢献した武器たちが、祝福の音色を送り続ける。


 ――パアーパーパー・パーパパパア……パーパパ・パララ・パラパーパア……


 やがて二人は、横断に成功した。

 渡り終えたとき、勇次は静かに天を仰いだ。

「チャリィ……着いたよ、学校に」



 空には、青が戻っていた。

 奈落の底から吹き上がる風が、春特有のさわやかなものへと変わる。

 微熱を孕んだその一吹きが、きっとチャリィの両輪を満たしてくれることだろう。


 勇次の想いは、風に乗って路肩へと運ばれた。






               ※※※






 勇次とユカリは、校門の前にたどり着いた。

『国立宇宙開発研究機構YUTERRAゆてら小学校』の正門センターゲートに到達したのである。


 五階建てのメタリック校舎。

 その屋上には、全長40メートルの巨大なスペースシャトルが設置されている。

 過酷な授業を乗り越えた者だけが、この機体への搭乗権利を獲得する。

 つまり、屋上へ行くことこそが、生徒たちにとってひとつの目標ゴールであるのだ。

 

「行こう」

「ええ」


 校舎の中へ入る二人。

 彼らの一日は、これから本番を迎える。

 人類の最終進化系教育体制ファイナル・エデュケーション『YUTERRA教育』との戦いが始まるのだ。

 帰路につくその時まで、安らぎは訪れない。


 ――キーンコン・カーンコン……

 

 チャイム、鳴る。

 授業、始まる。

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